非上場株式を売却した結果として売却益が発生した場合には、税負担が生じることとなりますので、その売却益について適切に税務処理を行う必要があります。
本稿では、少数株主たる非上場株主が日本の所得税法上の居住者であることを前提に、買主が個人であるとき、買主が第三者たる法人であるとき及び買主が株式の発行法人であるときに分けて、売却益が発生した場合における売主の非上場株式売却後の税務処理とそのために重要となる租税法上の時価について説明いたします。
(1)買主が個人であるとき
このケースでは、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
一般株式等に係る譲渡所得については、「申告分離課税」の方式により他の所得と区分して、20.315%(※)に相当する所得税及び住民税の負担が生じます。
(※)所得税及び復興特別所得税で15.315%、住民税で5%
なお、同一の年において非上場株式の売却を複数回にわたり行い、一方で譲渡所得が生じ他方で譲渡損失が生じた場合は、一般株式等に係る区分において譲渡所得と譲渡損失の通算(内部通算)をすることができます。
本稿においては、全体に共通する前提事項として、譲渡所得の金額の計算上控除するものについて取得費のみを考慮して譲渡費用は無いものと仮定し、所得控除額については基礎控除額(48万円)のみを考慮し、所得税と住民税の間での基礎控除額の差異及び住民税均等割を度外視します。
例えば、200万円で取得した非上場株式を1,000万円の適正な時価で個人に売却したケースでは、所得税等の負担額は次のように計算されます。
・譲渡所得の金額
1,000万円-200万円=800万円
・所得税等の負担
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
②適正な時価よりも低い価額で個人に売却したケース
このケースでも、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
譲渡所得計算の考え方は先述の「①適正な時価で個人に売却したケース」と同様ですが、例えば、200万円で取得した非上場株式を700万円の対価で個人に売却したところ、適正な時価が1,000万円であるケースでは、所得税等の負担額は次のように計算されます。
・譲渡所得の金額
700万円-200万円=500万円
・所得税等の負担
(500万円-48万円)×20.315%=約92万円
なお、このケースでは、適正な時価と対価の差額(上記の例では300万円)に相当する利益が売主から買主へ移転した(買主が株式を適正な時価よりも安く取得して利益を得た)と考えられ、買主が売主からその利益に相当する金額の贈与を受けたものとみなされ(相続税法第7条)、原則として買主に対して贈与税の負担が生ずることとなります。
この「みなし贈与」の取扱いは、親子間で株式の低廉売買をする等の特殊なケースでは特に注意の必要な点ですが、高額での株式売却を目指そうとする売主が売却を成功させるために売却価格のディスカウントに応じるケースでも、注意が必要です。
なぜならば、贈与税には連帯納付義務(相続税法第34条第4項)があるからです。
贈与税の連帯納付義務があるということは、贈与税の負担が生ずる場合において、受贈者(ここでは買主)がきちんとその贈与税の納付義務を履行しないときに、(低廉譲渡による利益を贈与した者として取り扱われる)売主がその贈与税(のうち贈与した利益に応ずる部分)を納付しなければならなくなる、ということです。
したがって、みなし贈与による税負担が見過ごせないようなケースでは、強制力を持たせることはできないかもしれませんが、株式の売買契約に伴って、買主に贈与税の納付義務を適切に履行することを約束させる書面の取り交わしを行うことも考えられます。
③適正な時価よりも高い価額で個人に売却したケース
このケースでも、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
譲渡所得計算の考え方は先述の「①適正な時価で個人に売却したケース」と同様ですが、例えば、200万円で取得した非上場株式を1,300万円の対価で個人に売却したところ、適正な時価が1,000万円であるケースでは、次のように計算されます。
・譲渡所得の金額
1,000万円-200万円=800万円
・所得税等の負担
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
このように、所得税等の負担に関しては先述の「①適正な時価で個人に売却したケース」と同様ですが、このケースでは、売主が適正な時価よりも多く得た金額(上記の例では300万円)については、買主から売主への贈与があったものとして取り扱われます。
そのため売主は、所得税等とは別に、そのような贈与について贈与税額が発生するときは、贈与税の申告・納付を行う必要があります。
上記の例では、売主が同一年において贈与により取得した財産が他にないと仮定すると、贈与税は次のように計算されます。
・贈与財産の金額
1,300万円-1,000万円=300万円
・贈与税の負担
(300万円-110万円)×10%=19万円
(2)買主が第三者たる法人であるとき
①適正な時価で第三者たる法人に売却したケース
このケースでは、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
一般株式等に係る譲渡所得については、「申告分離課税」の方式により他の所得と区分して、20.315%に相当する所得税及び住民税の負担が生じます。
税務上の取扱いとしては、「(1)買主が個人であるとき ①適正な時価で個人に売却したケース」と同様の取扱いになります。
1,000万円-200万円=800万円
・所得税等の負担
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
このケースでも、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
ただし、このケースでは、実際の売却価額に関わらず、時価に基づいて譲渡所得を計算しなければならないことがある点に留意が必要です。
下記ア及びイに分けて、留意点を説明します。
例えば、200万円で取得した非上場株式を400万円の対価で第三者たる法人に売却したところ、適正な時価が1,000万円であるケースでは、所得税等の負担額は次のように計算されます。
1,000万円-200万円=800万円
・所得税等の負担
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
この例では、株式の売却で得た対価が400万円であるにも関わらず、所得税等の負担は約153万円(適正な時価で第三者たる法人に売却したケースと同等)になってしまいます。
このような取扱いがなされるのは、所得税法第59条において、「法人に対して著しく低い価額の対価(具体的には、譲渡時の時価の2分の1に満たない対価)による譲渡をして譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、譲渡所得の金額を計算する上で、譲渡時の時価に相当する金額により譲渡があったものとみなす」旨の定めがなされているためです。
非上場株式の売却に当たって売買価格の交渉は通常避けられないものであり、場合によってはディスカウントせざるを得ないこともあるでしょうが、このような「みなし譲渡」の取扱いがなされてしまうことで売却による手取額が大きく目減りしてしまうことが考えられますから、価格交渉の場面では「時価」から大きく逸脱しないことが大切です。
例えば、200万円で取得した非上場株式を700万円の対価で第三者たる法人に売却したところ、適正な時価が1,000万円であるケースでは、所得税等の負担額は次のように計算されます。
700万円-200万円=500万円
・所得税等の負担
(500万円-48万円)×20.315%=約92万円
このケースでは、原則として実際の売却価額(700万円)に基づいて譲渡所得の金額が計算されます。
しかしながら、買主である第三者たる法人が同族会社であり、株式の売却(譲渡)が売主の所得税の負担を不当に減少させる結果になると認められるとき(所得税法第157条の規定が適用されるとき)は、時価の2分の1以上だが時価に満たない対価による譲渡であっても、譲渡時の時価によって譲渡所得の金額が計算される場合があります(所得税基本通達59-3)。
1,000万円-200万円=800万円
・所得税等の負担
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
少数株主たる非上場株主であっても、買主たる法人にとって同族株主に該当することはあり得る話ですので、「時価」だけでなく売主の立場についても留意が必要と言えます。
③適正な時価よりも高い価額で第三者たる法人に売却したケース
このケースでも、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
譲渡所得計算の考え方は先述の「①適正な時価で第三者たる法人に売却したケース」と同様ですが、例えば200万円で取得した非上場株式を1,300万円の対価で第三者たる法人に売却したところ、適正な時価が1,000万円であるケースでは、次のように計算されます。
1,000万円-200万円=800万円
・所得税等の負担
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
このように、譲渡所得の計算及びこれに係る所得税等の負担に関しては先述の「①適正な時価で第三者たる法人に売却したケース」と同様ですが、このケースでは、売主が適正な時価よりも多く得た金額(上記の例では300万円)については、売主が買主である法人の役員・従業員であれば給与所得または退職所得の収入金額として、そうでなければ一時所得の収入金額として取り扱われます。
そのため売主においては、非上場株式の譲渡所得とは別に、その給与所得もしくは退職所得または一時所得についても、所得税等の負担が生じる可能性があります。
この例において、売主が適正な時価よりも多く得た金額(300万円)が一時所得として取り扱われる場合の所得税等の負担額は次のように計算されます。
(300万円-50万円)×1/2=125万円
・所得税等の負担
(125万円-48万円)×15.105%=約12万円(総合課税分)
800万円×20.315%=約162万円(分離課税分)
一時所得として取り扱われる場合には上記のように50万円の特別控除後の2分の1相当額が総合課税の対象となりますし、退職所得として取り扱われる場合には退職所得控除後の2分の1相当額が分離課税の対象となりますが、給与所得として取り扱われる場合には、そのような(課税標準額を2分の1相当額とする)軽減がなされません。
適正な時価よりも多く得た金額が、退職所得に該当する場合はさておき、一時所得または給与所得のいずれかに該当すると、売主にとって総合課税となる他の所得が多くある場合には、超過累進税率によって多くの税負担が生じる恐れもあります。
(3)買主が株式の発行法人であるとき
買主が株式の発行法人であるときは、非上場株式の売却は当該法人にとって自己株式の取得に当たるため、先述の「(1)買主が個人であるとき」や「(2)買主が第三者たる法人であるとき」の場合と異なり、非上場株式の売却による対価を得た売主にみなし配当が生じる可能性があります。
みなし配当とは、会社法上の剰余金の配当には該当しないものの、その実質が剰余金の配当と変わらないために税法上配当とみなされるもののことです。
法人が自己株式の取得に伴い株主(売主)へ金銭等を交付すると、株主に対する利益の還元になることがあり、その金銭等のうちには実質的に剰余金の配当に当たる部分が含まれていることがあります。
法人の自己株式の取得(※1)により株主(売主)が金銭等の交付を受けた場合において、その金銭等の価額の合計額がその法人の資本金等の額のうち一定額(※2)を超えるときは、その超える部分の金額が配当とみなされ、株主(売主)は原則として、そのみなし配当の金額について配当所得(総合課税の所得金額)として所得税の確定申告をする必要があります。
(※1)自己株式の取得であっても、例えばその取得が次に掲げる事由に基づく取得である場合においては、みなし配当は生じません。
・金融商品取引所が開設する市場における購入
・店頭売買登録銘柄として登録された株式のその店頭売買による購入
・いわゆる私設取引システムを通じた購入
・一定の組織再編行為により移転する資産に含まれる自己株式の移転
・合併に反対する被合併法人の株主等の買取請求に基づく買取り
・株式併合に反対する株主の買取請求に基づく1株に満たない端数の買取り
・単元未満株主の買取請求に基づく単元未満株式の買取り
・全部取得条項付種類株式を発行する旨の定めを設ける定款変更に反対する株主の買取請求に基づく一定の買取り
・一定の条件を満たす、相続した非上場株式の買取り(下記「④相続財産に係る非上場株式を発行法人に譲渡した場合のみなし配当の特例」で詳述)
(※2)その法人の資本金等の額のうち一定額とは、自己株式の取得に係る取得資本金額と言いますが、通常は次の算式により計算されます。
計算の結果としてみなし配当が生じない場合(非上場株式の売却により株式の発行法人から交付を受けた金銭等の価額の合計額が取得資本金額以下である場合)には、売主は売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行えば足りますが、計算の結果としてみなし配当が生じる場合(非上場株式の売却により株式の発行法人から交付を受けた金銭等の価額の合計額が取得資本金額を超える場合)には、株主(売主)は原則としてそのみなし配当の金額について配当所得(総合課税の所得金額)として所得税の確定申告をするとともに、(交付を受けた金銭等の価額の合計額のうちみなし配当を除く部分に基づき計算した)売却益について一般株式等に係る譲渡所得として所得税の確定申告を行う必要があります。
ここまで述べたみなし配当(総合課税)と譲渡所得(申告分離課税)の考え方を基礎とし、下記①~③に分けて、具体例に基づき税務処理を説明します。
なお、下記①~③の設例では、非上場株式の適正な時価が1,000万円であること、非上場株式の取得費が200万円であること、取得資本金額が300万円であること、配当所得の計算上控除される負債利子の金額は無いことを前提とし、配当控除については度外視します。
①適正な時価で株式の発行法人に売却したケース
このケースではまず、売却により交付を受けた金銭等の価額のうちみなし配当に該当する金額を計算する必要があります。
具体的には、交付を受けた1,000万円(適正な時価に等しい対価)から300万円(取得資本金額)を差し引いた700万円がみなし配当に該当します。
非上場株式に係るみなし配当の額については、金銭等の交付に際し、発行法人によって20.42%に相当する源泉所得税・復興特別所得税の源泉徴収が行われます。
そして、交付を受けた1,000万円のうち700万円(みなし配当)を除いた300万円が一般株式等に係る譲渡所得の計算上の収入金額(譲渡対価)として取り扱われます(租税特別措置法第37条の10第3項・同条同項第五号)。
このように、交付を受けた金銭等を総合課税の計算に用いる部分(みなし配当)と申告分離課税の計算に用いる部分(非上場株式の譲渡対価)に区別し、それぞれの課税方式に基づいて所得金額・税負担の計算を行う必要があります。
その計算過程・税負担額は、下記の通りとなります。
1,000万円-300万円=700万円
300万円-200万円=100万円
(700万円-48万円)×30.42%-43万円=約155万円
100万円×20.315%=約20万円
155万円+20万円=約175万円
②適正な時価よりも低い価額で株式の発行法人に売却したケース
このケースでは、売却により交付を受けた金銭が400万円であり、株式の適正な時価が1,000万円であることを前提として説明します。
このケースではまず、交付を受けた金銭のうちみなし配当の額を計算する必要があります。
具体的には、交付を受けた400万円から300万円(取得資本金額)を差し引いた100万円がみなし配当に該当します。
次に、一般株式等に係る譲渡所得の計算上の収入金額(譲渡対価)として取り扱われる金額を計算する必要がありますが、その計算に当たっては次の2点に留意が必要です。
【留意点(租税特別措置法通達37の10・37の11共-22)】
ア 適正な時価よりも低い価額で株式の発行法人に株式を売却した場合において、その売却がいわゆる「みなし譲渡」に該当するかどうかの判定は、自己株式の取得により発行法人から交付された金銭等の額が株式の適正な時価の2分の1未満であるかどうかによって行うこと。
イ その判定の結果、株式の売却がいわゆる「みなし譲渡」に該当する場合は、株式の適正な時価に相当する金額からみなし配当の額を控除して、一般株式等に係る譲渡所得の計算上の収入金額(譲渡対価)として取り扱われる金額を計算すること。
したがってこのケースでは、1,000万円(株式の適正な時価)から100万円(みなし配当)を控除した900万円が一般株式等に係る譲渡所得の計算上の収入金額(譲渡対価)とみなされることになります。
各種所得の計算過程・税負担額は、下記の通りとなります。
400万円-300万円=100万円
400万円<1,000万円×1/2
∴1,000万円-100万円=900万円
900万円-200万円=700万円
(100万円-48万円)×15.105%=約8万円
700万円×20.315%=約142万円
8万円+142万円=約150万円
先述の「(2)買主が第三者たる法人であるとき ②適正な時価よりも低い価額で第三者たる法人に売却したケース」でも説明しましたが、買主が法人である限り「みなし譲渡」の問題がつきまといますから、やはり価格交渉に当たっては株式の適正な時価から逸脱しないことが重要と言えます。
なお、買主である法人が同族会社であり、株式の売却(譲渡)が売主の所得税の負担を不当に減少させる結果になると認められるとき(所得税法第157条の規定が適用されるとき)は、時価の2分の1以上だが時価に満たない対価による譲渡であっても、譲渡時の時価によって譲渡所得の金額が計算される場合がある点についても同様に留意が必要です。
③適正な時価よりも高い価額で株式の発行法人に売却したケース
このケースでは、売却により交付を受けた金銭が1,300万円であること及び株式の適正な時価が1,000万円であることを前提として説明します。
このケースでもまず、交付を受けた金銭のうちみなし配当の額を計算する必要があります。
ここで、みなし配当の額については1,000万円(株式の適正な時価)から300万円(取得資本金額)を差し引いて700万円と算出し、交付を受けた1,300万円が株式の適正な時価(1,000万円)を上回る部分の金額(300万円)については、株主の属性や株式の適正な時価よりも多く金銭の交付を受けるに至った事情に照らし、給与所得もしくは退職所得の収入金額または一時所得の収入金額として取り扱われるものと考えられます。
そして、交付を受けた1,300万円から700万円(みなし配当)及び300万円(給与収入、退職収入または一時所得の収入)を控除して計算した300万円が一般株式等に係る譲渡所得の計算上の収入金額(譲渡対価)として取り扱われます。
各種所得の計算過程・税負担額は、下記の通りとなります。
なお、この例では、株式の適正な時価を超えて受けた部分の金額(300万円)は一時所得の収入金額に該当するものと仮定します。
1,000万円-300万円=700万円
(300万円-50万円)×1/2=125万円
1,300万円-700万円-300万=300万円
300万円-200万円=100万円
(700万円+125万円-48万円)×33.483%-65万円=約195万円
100万円×20.315%=約20万円
195万円+20万円=約215万円
④相続財産に係る非上場株式を発行法人に譲渡した場合のみなし配当の特例
株主が発行法人に対して非上場株式を売却し、交付を受けた金銭等の価額の合計額が自己株式の取得に係る取得資本金額を超える状況(本来であればみなし配当の生じる状況)だったとしても、その非上場株式が相続財産に該当するもので、一定の条件を満たした場合には、その超える部分の金額についてはみなし配当として取り扱われない特例(租税特別措置法第9条の7)があります。
この特例の適用を受けるためには、次のア~ウの条件を全て満たす必要があります。
ア 相続または遺贈により財産を取得した個人(株主)に、納付すべき相続税額があること。
イ 当該個人(株主)が、その相続税額に係る課税価格の計算基礎に算入された非上場株式を当該株式の発行法人に売却(譲渡)したこと。
ウ その非上場株式を売却した時期が、相続の開始があった日の翌日からその相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの間にあること。
適正な時価で株式の発行法人に売却したケースを前提に、この特例の適用を受けた場合の各種所得の計算過程・税負担額を示すと、下記の通りとなります。
1,000万円-200万円=800万円
(800万円-48万円)×20.315%=約153万円
先述の「①適正な時価で株式の発行法人に売却したケース」と比較すると、配当所得(超過累進税率が適用される部分)がなくなったことで、所得税等の負担が約22万円少なくなっていることがわかります。
相続した非上場株式を持ち続けるメリットが無い場合において、発行法人に対する売却を模索するのであれば、相続後なるべく早い段階で交渉を開始し、この特例の適用を受けられるタイミングで売却することによって、税負担の軽減を図ることができる場合があります。
なお、この設例では度外視していますが、この特例の適用を受けることができる場合には、譲渡所得の金額の計算上、非上場株式を売却した株主が納付(負担)した相続税額のうち一定額を取得費に加算する特例(租税特別措置法第39条)の適用を受けることもできます。
(4)適正な時価について
買主が個人である場合において、相続税法第7条の低額譲渡(みなし贈与)に該当しないかどうかという観点から時価を見たときは、贈与税の課税関係の範疇となるため、財産評価基本通達178から189-7に照らして時価を検討することとなります。
後述するみなし贈与に関する裁判例(東京地方裁判所平成17年10月12日判決)でも、「評価通達に定められた評価方法が合理的なものである限り、これは時価の評価方法として妥当性を有するものと解される。そして、これを相続税法7条との関係でいえば、評価通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことが実質的な租税負担の公平を著しく害する結果となるなどこの評価方法によらないことが正当と是認されるような「特別な事情」のない限り、評価通達に定められた合理的と認められた評価方法によって評価された価額と同額か、又はこれを上回る対価をもって行われた財産の譲渡は、相続税法7条の低額譲渡に該当しない」と判示されています。
なお、財産評価基本通達178から189-7に照らした時価の算定方法は、いわゆる類似業種比準価額方式、純資産価額方式、これらの折衷方式または配当還元方式のことです。
②買主が法人である場合の租税法上の時価
買主が法人である場合において、所得税法第59条で定める「みなし譲渡」の観点から時価を見たときは、所得税基本通達23~35共-9及び59-6に照らして時価を検討することとなりますが、それは多くの場合、「1株または1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」として、一定の条件の下で、上記「①買主が個人である場合の租税法上の時価の場合」に準じて算定した価格となります。
所得税基本通達59-6は、「(2)買主が第三者たる法人であるとき ②適正な時価よりも低い価額で第三者たる法人に売却したケース ア 時価の2分の1未満の対価で第三者たる法人に売却したケース」で述べた所得税法第59条(みなし譲渡)の取扱いに関する極めて重要な指針であり、避けて通れないものです。
この場合は要するに、一定の条件の下で、財産評価基本通達と同様のロジックにより算定することとなりますが、財産評価基本通達の定めとは一部異なる取扱いをする点があることに留意が必要です。
③租税法上の時価よりもどの程度低く売却すると課税上問題になるか
個人から法人に対して著しく低い価額の対価(時価の2分の1未満の価額)により非上場株式の譲渡が行われた場面では所得税の課税上問題になること、個人から同族会社に対する非上場株式の譲渡の場面では売却価額が時価の2分の1以上であっても時価に満たないと所得税の課税上問題になり得ることは先述の「(2)買主が第三者たる法人であるとき ②適正な時価よりも低い価額で第三者たる法人に売却したケース」で述べた通りですが、これらの場面と異なり、取扱いが明確化されていない場面では、租税法上の時価よりもどの程度低く売却すると課税上問題になるかという点が気になることと思います。
残念ながら、租税に関する法令や通達では、その点について直接的に定められたものは無いのが実情です。
一つの参考になると考えられるのは、個人から法人に対して時価よりも著しく低い価額で非上場株式の譲渡が行われた結果、譲渡当事者ではない当該法人の株主に対しみなし贈与があったものとして、その株主に対して行われた贈与税の課税処分の適否が争われた裁判例(大阪地方裁判所昭和53年5月11日判決で、結論として課税処分は適法と判断されたもの)です。
この裁判例の中で、時価の4分の3未満の額を「著しく低い価額」と解するのが相当である、との考えが示されました。
しかしながら、この基準は相続税基本通達9-2(4)(会社に対し時価より著しく低い価額の対価で財産の譲渡をした場合における譲渡者から会社の株主に対するみなし贈与の取扱い)の適用を争う上で示されたものであり、また、判決では「鑑定等を斟酌して考えると」と言うのみで、この基準の根拠は明確にされていないため、この基準はあくまでもみなし贈与課税の個別事例において示されただけのものと考えるべきで、むやみに依拠するのは慎んだ方がよいでしょう。
④非上場株式の内在価値と時価
租税法上の時価が原則として先述の①~②のように算定されるのに対し、非上場株式の内在価値(本来持っている価値)は、会社の有する資産や収益力等の実態に基づいて決まるものであり、非上場株式を売却する局面においては、その内在価値のみならず、経営支配権に及ぼす影響その他広範な事情を考慮して、売買当事者間における交換価値としての非上場株式の時価が算定されます。
したがって、非上場株式の価格形成理論上の時価は、課税の公平性や画一的な評価の要請から定められた方法に基づき算定される租税法上の時価とは異なるアプローチで算定されることから、租税法上の時価とは異なるものとして検討することになります。
売買当事者間における交換価値としての非上場株式の時価の算定方法は、「4 非上場株式の価格」のページにある各種評価方法・方式のように確立されており、それらの各種評価方法・方式に基づき算定される価格を基礎として、売買当事者間の事情に照らして総合的に評価し算定する、というものになります。
特に、株式売買価格決定申立事件(非上場株式の時価に争いがあり、その売買価格を裁判所が決定する商事非訟)においては、「第2 非上場株主による売却手続きの流れ・方法・成功のポイント 4 判例 (1)株価算定に関する判例」、「第3 反対株主による買取請求の流れ・方法・成功のポイント 4 判例 (1)株価算定に関する判例」及び「第4 会社・特別支配株主による売渡請求等に対する対応の流れ・方法・成功のポイント 4 判例 (1)株価算定に関する判例」で示されているように、それらの各種評価方法・方式を踏まえた判例が集積しており、規範が定立されていますので、そこから得られる知見をいかに駆使するかが、売買当事者間における交換価値としての非上場株式の時価を算定する上で重要なポイントになります。
⑤租税法上の時価と売買当事者間での時価(合意価格)の関係
ここまで、租税法上の時価と売買当事者間における交換価値としての非上場株式の時価について述べてきましたが、これらの時価の間にはどのような関係があるのでしょうか。
この点を考える上ではまず、先述の①~②で述べた租税法上の時価の算定方法はあくまでも課税庁の租税に関する法令の解釈指針(通達)に基づくものであって、法的拘束力のあるものではない、ということを踏まえる必要があります。
すなわち、租税に関する通達に基づき算定される租税法上の時価は、「官」対「民」の間で課税の公平を旨とする場面で用いられるものであり、「民」対「民」の間での個別の事情や背景を踏まえた利害調整の結果として算定される、売買当事者間での交換価値としての時価(合意価格)とは目的とするところが異なるのです。
目的とするところが異なる以上、売買当事者間における交換価値としての時価(合意価格)と租税法上の時価が結果として異なることが考えられますが、一方の価格をもって他方の価格が否定されるわけではありませんし、結果的に両者の価格が近づくこともあり得ますから、売買当事者間での交換価値としての時価(合意価格)が租税法上の時価と認められることもあり得るでしょう。
租税法上の時価を算定する上では「同族株主等」に該当するかどうかが1つの重要な要素となりますが、例えば会社法の観点から時価(合意価格)を算定する上では「支配株主」の立場を1つの重要な要素と考えるなど、時価の算定に当たって考慮する要素が類似することは多いため、これらの時価は、目的とするところが異なる(別次元の)ものとは言え、重なったり近接する可能性のある関係とも言えるでしょう。
⑥租税法上の時価と商事非訟で決定される売買価格の関係
株式売買価格決定申立事件では、租税法上の時価を算定する上で考慮されるものと類似する要素もさることながら、例えば譲渡等承認請求後の申立てに基づく売買価格の決定をする上で裁判所は譲渡等承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない(会社法第144条第3項)とされていることからもわかるように、租税法上の時価を算定する上で考慮される要素よりも広範な事情(株式の保有目的、株式売買に至った事情、事業継続性、株主が現に有する議決権の割合、株式売買が経営支配権に及ぼす影響、会社の業種・規模・事業リスク・収益性・静的価値等)に照らし、株主平等の原則の見地から売主と買主双方の立場に立って売買価格の決定がなされるため、通常その売買価格は、これまで述べた租税法上の時価と異なる価格になります。
ここでも、異なる価格が算定された場合にどうなるのか気になりますが、租税法律主義の原則に則り、裁判所の決定等に基づく売買価格が優先することになります。
(5)売却価格を巡って税務署と争われた裁判例
①みなし譲渡に関する裁判例
ア 税務当局の「低額譲渡に該当するのでみなし譲渡課税をする」との主張が認められなかった裁判例
※参考・引用:大分地方裁判所平成13年9月25日判決
(ア)事案の概要
B株式会社は発行済株式総数12万株のうち、創業者であった甲が約16%、現代表者である甲の二男(とその兄弟ら)が約77%、有限会社Aが約7%を保有する、甲一族の同族会社でした。
甲は有限会社Aに対し、B株式会社の発行済株式総数の10%に当たる株式1万2000株(以下「本件株式」といいます)を1株当たり2500円(総額は代金3000万円)で譲渡しました(以下「本件株式譲渡」といいます)。その後も、甲が保有していたB株式会社の株式は有限会社Aに対して譲渡され、最終的には有限会社Aは約23%を保有するに至りました。
ちなみに、本件株式譲渡の買い手である有限会社Aは、本件株式譲渡の4年前に甲とその子が設立して両名が取締役を務め、B株式会社の所有するビルの管理などを行っていた会社でした。
もっとも、その後に甲は取締役を辞任し、甲の持分はすべてB株式会社の役員や従業員などの関係者や甲の孫らの計13名に譲渡されていたことやその他の事情から、本件株式譲渡の頃には有限会社AはB株式会社の従業員持株会的様相が窺われる会社となっており甲一族の支配は及んでいませんでした。
甲は本件株式譲渡を含めた総所得金額を約4590万円(納めるべき税額は約800万円)とする申告を行いましたが、税務当局は類似業種比準方式により本件株式の取引当時の時価を算定して本件株式の1株当たりの時価は約1万4700円(総額は約1億7600万円)であったとし、それにも関わらず1株当たり2500円(総額は3000万円)で行われた本件株式譲渡は所得税法59条1項2号の低額譲渡に該当すると認定してみなし譲渡課税を行い、総所得金額を約2億3700万円(納めるべき税額は約4600万円)とする更正処分と過少申告加算税(約500万円)の賦課決定処分を行いました(その他の処分もありますが本稿では割愛します)。
そこで、甲の権利義務を相続により承継したXがこれらの処分の取消しを求めて提訴したところ、本判決は「本件株式譲渡は同族会社の株式を少数株主が取得する場合であり低額譲渡には該当しない」というXの主張を認めて税務当局のみなし譲渡課税を取り消し、納税者勝訴としました。
(イ)本件の主要な争点
本件の主要な争点は、本件株式譲渡が所得税法59条1項2号の低額譲渡に当たるか否かという点です。
所得税法59条1項2号は「法人に対して著しく低い価額の対価(具体的には譲渡時の時価の2分の1に満たない対価)による譲渡をして、譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、譲渡所得の金額を計算する上で、実際の(著しく低い)譲渡価格ではなく、譲渡時の時価に相当する金額により譲渡があったものとみなす」旨を規定しています。
そのため、本件譲渡価格である2500円が時価の2分の1を下回る「著しく低い価額の対価」に該当するのか、基準となるべき「時価」をどのようにして算定するのが妥当かということが争われました。
a 納税者であるXの主張
Xは、時価は需要と供給との相関関係で決定されるべきであり、本件株式譲渡から約1年1か月前になされたB株式会社における過去の売買事例(以下「本件過去事例」といいます)を参考にした、1株当たり2500円という価格が時価であると主張しました。
仮に、本件過去事例によらない場合であっても、配当還元方式で算出した750円が時価であると主張しました。
b 税務当局の主張
税務当局は、純資産価額方式と類似業種比準方式により算出した額を参照し、低い方である類似業種比準方式を採用して1株当たりの時価を1万4742円と主張しました。
a 「Xが参考にした本件過去事例における本件株式の価額が適正とは認められないことを推認させる証拠はない」と述べ、過去の事例を参考にして本件株式の時価を2500円とするXの主張が相当であるとの考えを示しました。
b また、「非上場株式は公開市場が形成されておらず、その時価の算定は極めて困難であり、(中略)同族株主が取得する場合には、その取得する株式の実質的価値は会社の支配権も包含したものである。しかし、非同族株主の少数株主が取得する場合には、その実質的な価値は配当期待利益にすぎない」と述べ、譲渡を受けた株主を基準に時価を算定するとの判断枠組みを示しました。
c その上で、「本件株式譲渡当時、B株式会社における譲受人である有限会社Aの持株割合は本件株式譲渡前で約7%、本件株式譲渡後で約23%にすぎず、(中略)本件株式の時価の算定に当たっては配当還元方式(本件では1株あたり750円)によるのが合理的である」との結論を示しました。
d 他方、「純資産価額方式は会社の経営に対して支配的地位にある株主または当該譲渡によってこのような地位に就こうとする者であれば、純資産を参考にして当該株式の価値を評価しその価額を受け入れて購入するであろうと仮定することも合理的であって、このような者が譲受人である場合の算定方法として一定の合理性を有する。
しかし、本件では有限会社AはB株式会社の支配的地位に就くものではなく、純資産価額方式(本件では1株あたり約4万1100円)を用いることは必ずしも合理的とはいえない」と純資産価額方式を採用しない旨を述べました。
e また、「類似業種比準方式は少なくとも財産評価基本通達及び法人税法上で大会社に分類される非上場会社の株式について、その支配株主や当該譲渡によって支配株主となろうとしている者が譲受人となる場合の時価の算定方式として一応の合理性を有する。反面、同方式は上場会社を基準とするものであって、配当期待権しか有しない同族会社における少数株主が譲受人である場合の時価算定方法としては必ずしも合理的とはいえない」と類似業種比準方式も採用しない旨を述べました。
(オ)本判決のまとめ
本判決は税務当局の「低額譲渡に該当するのでみなし譲渡課税をする」との主張を認めませんでしたが、「非上場株式の時価の算定は株式取得者の取得する実質的価値に着目する」との判断枠組みと、「有限会社Aが少数株主である」という事実認定がポイントだったと思われます。
しかし、この判断枠組みは最高裁判所令和2年3月24日判決とそれを受けた所得税基本通達59-6の改正によって大きく変わることとなりました。
イ 「『少数株主』に該当するか否かは株式を譲り受けた株主について判断すべき」という納税者の主張を排斥し、『少数株主』に該当せず評価方法として配当還元方式を採用しないとし、低額譲渡に当たるとした判例
※参考・引用:最高裁判所令和2年3月24日判決
(ア)事案の概要
A株式会社は発行済み株式総数920万株のうち、代表取締役であった甲が15.88%にあたる146万0700株、甲の親族が約7%、2つの持株会と有限会社が、それぞれ、約25%ずつ株式を保有していました。
甲は有限会社Cに対し、発行済株式総数の7.88%に当たる72万5000株(以下「本件株式」といいます)を、配当還元方式により算定した1株当たり75円(総額は約5400万円)で譲渡しました(以下、この譲渡を「本件株式譲渡」といいます)。
A株式会社は、金属製品及び消防機材の製造及び販売等を業とし資本金4億6000万円、平成19年1月期の売上金額が約236億円、従業員が約550人という規模であり、財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます)178に規定する「大会社」に当たります。
そのため、本件では、評価通達188の「同族株主」(=課税時期において株主の一人とその同族関係者(次の図の青の人達)の有する議決権の合計数がその会社の議決権数の30%以上である場合の株主とその同族関係者)と「中心的な株主」(=課税時期において株主の一人とその同族関係者が有する議決権の合計数がその会社の議決権数の15%以上である株主グループのうち、いずれかのグループに単独でその会社の議決権総数の10%以上の議決権を有している株主がいる場合におけるその株主)がいないということに争いはありませんでした。
ちなみに、本件株式譲渡の買い手である有限会社Cは、本件株式譲渡の3年前に金銭の貸付業、株式投資業を目的として設立された会社で、株主は、A株式会社の役員及び従業員10名(各人が均等割合で保有)でしたが、A株式会社と有限会社Cの間に法人税法2条10号で定める同族会社に当たるような特殊な支配関係はありません。
本件株式譲渡後に甲が死亡したため、甲の相続人であるXらが本件株式譲渡に係る譲渡所得の収入金額を1株当たり75円(総額は約5400万円)として、所得税の準確定申告を行いました。
ところが、税務当局はXらに対して、本件株式譲渡の時における本件株式の時価は類似業種比準方式により算定した1株当たり2990円(総額は約21億6700万円)であり、本件株式譲渡は所得税法59条1項2号の低額譲渡に当たると認定してみなし譲渡課税を行い、差引納付すべき税額を約3億600万円とする所得税に係る更正処分と約4000万円の過少申告加算税の賦課決定処分を行いました(なお、Xらの異議申立てを経て東京国税局長により、本件株式の価額は1株2505円である旨の異議決定がなされています)。
そこで、Xらは国を被告として、これらの更正処分と賦課決定処分の取消しを求める訴訟を提起しました。
地方裁判所で行われた第一審では納税者であるXらが敗訴しましたが、高等裁判所で行われた控訴審ではXらが逆転勝訴しました。
しかし、控訴審の判決を不服として国が行った上告に対して、最高裁判所は納税者の逆転勝訴とした控訴審判決を破棄(判決を取り消すことを意味します)し、高等裁判所に差し戻す判決(もう一度、高等裁判所で審理をやり直しなさいという判決です)を出しました。
(イ)本件の主要な争点
本件の主要な争点は本件株式譲渡が所得税法59条1項2号の低額譲渡に当たるか否かという点です。
そして、本件では低額譲渡に当たるか否かを判断するために実際の譲渡価額と比較する対象となる時価を算定するにあたって、本件株式を『同族株主以外の株主等が取得した株式』を保有する『少数株主』の保有する株式として評価するべきかが問題となりました。
(ウ)本件株式の時価についてのそれぞれの主張の整理
評価通達178は、原則として「大会社」の株式は類似業種比準方式により評価すべきとし、例外的に「同族株主以外の株式等が取得した株式」については、評価通達188・188-2により配当還元方式により評価すると規定しています。
そのため、本件ではXらは本件株式が「同族株主以外の株主等が取得した株式」(評価通達178)に該当するとして、A株式会社のような大会社に原則的に適用される類似業種比準方式ではなく、配当還元方式(1株当たり75円)により評価されるべきであると主張しました。
一方、国は原則どおり類似業種比準方式(1株当たり2990円)により評価すべきと主張し、本件株式の評価方法が争われました。
このような評価方法の違いは本件株式が「同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の15%未満である場合におけるその株主の取得した株式」(評価通達188(3))に当たるか否かについての解釈の違いを原因とするものでした。
すなわち、Xらは評価通達188(3)の「その株主の取得した株式」という文言に忠実に、譲受人を基準に<株式の取得者の取得後の議決権の割合が15%未満か否か>によって、評価通達188(3)の株式を保有する株主である『少数株主』の該当性を判断すべきであり、有限会社Cの本件株式譲渡後の比率(7.88%)は15%に満たないことから、本件株式は「同族株主以外の株主等が取得した株式」(評価通達178)に該当する(=有限会社Cは『少数株主』に該当する)ため、例外的に適用される配当還元方式(1株当たり75円)により評価されるべきであると主張しました。
これに対して、国は譲渡人を基準に<株式の譲渡人の譲渡直前の議決権の割合が15%未満か否か>によって『少数株主』の該当性を判断すべきであり、A株式会社の代表取締役で15.88%の株式を保有していた甲は『少数株主』に該当しない(=本件株式は、「同族株主以外の株主等が取得した株式」(評価通達178)に該当しない)ため、原則どおり類似業種比準方式(1株当たり2990円)により評価すべきと主張しました。
なお、所得税基本通達59-6(1)は評価通達188(1)に定める「同族株主」に該当するかどうかを、譲渡人の議決権の数により判定すると定めていました。
a まず、「譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨である。
すなわち、譲渡所得に対する課税においては、資産の譲渡は課税の機会にすぎず、その時点において所有者である譲渡人の下に生じている増加益に対して課税されることになるところ、所得税法59条1項は、同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合に当該資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税できなくなる事態を防止するため、「その時における価額」に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなすことしたものと解される」と述べ、譲渡所得に対する課税については、譲渡人に生じている増加益に着目すべきだとしました。
b その上で、「本件のような株式の譲渡に係る譲渡所得に対する課税においては、上記の譲渡所得に対する課税の趣旨に照らせば、譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきものと解される。
そうすると、所得税基本通達は、取引相場のない株式の評価につき、『少数株主』に該当するか否かの判断の前提となる「同族株主」に該当するかどうかは、株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定すること等を条件に、評価通達の例により算定した価額とする旨を定めているため、『少数株主』に該当するか否かについても、当該株式を譲渡した株主について判断すべきである」と述べ、『少数株主』に該当するか否かは譲渡人を基準に考えるべきだとしました。
c そして、上記の基準を本件にあてはめ、「『少数株主』に該当するか否かの判定は、株式の譲渡人の譲渡直前の議決権の割合により行うべきであるから、甲は『少数株主』に該当しないため、本件株式は「同族株主以外の株主等が取得した株式」に該当しないのであり、評価方法として配当還元方式を採用するべきではない」と結論付け、国の主張どおり、原則的な評価方法である類似業種比準方式を採用すべきであるとしました。
(オ)本判決のまとめ
本最高裁判決は、「非上場株式の時価の算定は株式取得者の取得する実質的価値に着目する」との判断枠組みを採用した前出の大分地方裁判所平成13年9月25日判決とは異なり、「当該株式を譲渡した株主(譲渡人)について判断すべきである」という判断枠組みを採用しました。
本判決では納税者側の「『少数株主』に該当するか否かの判定を、株式の譲受人の取得後の議決権の割合により行うべき」との主張を排斥しましたが、「譲渡人の増加益に着目するという所得税の趣旨に立ち返ること」がポイントだったと思われます。本判決は、法令の趣旨を踏まえながら通達を解釈するという通達解釈の在り方についての示唆も含むものとして、今後の実務において重要な意義を有するものと考えられます。
ちなみに、この最高裁判例が示した解釈に従う形で所得税基本通達59-6は改正され、実務上も「少数株主」に該当するか否かは譲渡人を基準に考えるという運用が定着しました。
②みなし贈与に関する裁判例
ア 税務当局の「評価通達に基づく評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある」という主張を排斥した裁判例
※参考・引用:東京地方裁判所平成17年10月12日判決
(ア)事案の概要
Xは、当時、A社の取締役会長であった甲から、A社の発行済株式総数960万株(1株当たりの券面額は50円)の約6.6%に当たる株式63万株(以下「本件株式」といいます)を、配当還元方式により算定した1株当たり100円(総額は代金6300万円)で譲り受けました(以下、この取引を「本件株式譲渡」といいます)。
譲受人であるXは、オーストラリア国籍を有し、A社の取引先であるD社の社長を務めたこともありましたが、甲と同族関係にはありませんでした。
また、本件株式譲渡後のA社における株式の保有割合は、Xが約6.6%、A社のグループ会社であるB社とC社に甲と甲の親族を加えた甲らグループが47.9%、その他が約45.5%となりました。
ちなみに、A社は、電子秤等の製造、販売等を事業内容とする非上場会社であり、資本金の額は4億8000万円、貸借対照表において資産の合計が約210億円、負債の合計が約132億円あり、年間売上高が約280億円ありました。世界初の電子秤を開発するなど電子秤の分野ではトップシェアを占め、従業員数は1000人を超え、国内に30数か所の営業所を有し、海外にも工場があり、A社は評価通達178に規定する「大会社」に当たります。
税務当局は、Xに対して、本件株式の時価は、1株当たり785円(総額は4億9500万円)であったとし、それにもかかわらず、1株当たり100円(総額は6300万円)で行われた本件株式譲渡によるXの本件株式の譲受けが、相続税法7条の低額譲渡に該当すると認定し、みなし贈与課税を行い、課税価格約4億3000万円(納めるべき税額は約2億9000万円)とする贈与税の決定処分と無申告課税(約4400万円)の賦課決定処分を行いました。
そこで、Xは、これらの処分の取消しを求めて提訴したところ、本判決は「本件株式は評価通達に基づき配当還元方式により評価されるべき」というXの主張を認めて、税務当局のみなし贈与課税を取り消し、納税者勝訴としました。
(イ)本件の主要な争点
本件の主要な争点は、本件株式譲渡が相続税法7条の低額譲渡に当たるか否かという点です。
相続税法7条は「低額譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲受人が、実際の譲渡価格と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす」旨を規定しています。
本件では、A社は、評価通達178に規定する「大会社」であるのと同時に、譲渡人甲の親族らにより構成される「同族株主のいる会社」にも該当し、Xは「同族株主以外の株主」に該当することから、本件株式は「同族株主のいる会社のうち、同族株主以外の株主の取得した株式」(評価通達188(1))に該当します。
そうすると、評価通達188-2の定めが適用されるため、本件株式の価額は、配当還元方式により評価されるべきことになり、この点については当事者間に争いがありませんでした。
なお、裁判所が認定した配当還元方式により算定される本件株式の価額は、1株当たり75円となります。
争いがあったのは、本件株式について評価通達に基づく評価方式である配当還元方式によらないことが正当と是認されるような「特別な事情」があるかどうかという点です。
a 納税者であるXの主張
Xは、本件株式について評価通達に基づく評価方式である配当還元方式によらないことが正当と是認されるような「特別な事情」がないとして、原則どおり評価通達の定めを適用して配当還元方式により算定すべきであり、裁判所が配当還元方式により算定した1株当たり75円よりも高額な1株当たり100円を時価としたことには問題がないと主張しました。
b 税務当局の主張
税務当局は、本件株式について評価通達に基づく評価方式である配当還元方式によらないことが正当と是認されるような「特別な事情」があるとして、本件株式の価額を過去の売買実例価額の平均額である1株当たり794円と評価するのが合理的であると主張しました。
その「特別な事情」としては、主に次の2点を主張しました。
(a)1つ目の「特別の事情」
本件株式譲渡によりXが取得した地位は、A社の事業経営に相当の影響力を与えうるものであり、配当還元方式が本来適用を予定している少数株主(=同族株主以外の株主)の地位と同視できないと主張しました。
その根拠として、
ⅱ Xが本件株式を購入する資金を得るため甲及びその相続人から借入債務の保証の便宜を受けることにより、実質的な金銭的支出を行うことなく本件株式を取得したこと
を挙げました。
(b)2つ目の「特別の事情」
本件株式には、他に売買事例がありこの過去の売買事例価額の平均額である1株当たり794円が時価を適切に反映しており、配当還元方式による評価額である1株当たり75円はこれよりも著しく低額であるから、このこと自体が配当還元方式によらない特別の事情にあたると主張しました。
a まず、「評価通達に定められた評価方法が合理的なものである限り、これは時価の評価方法として妥当性を有するものと解される。
そして、これを相続税法7条との関係でいえば、評価通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことが実質的な租税負担の公平を著しく害する結果となるなどこの評価方法によらないことが正当と是認されるような「特別な事情」のない限り、評価通達に定められた合理的と認められた評価方法によって評価された価額と同額か、又はこれを上回る対価をもって行われた財産の譲渡は、相続税法7条の低額譲渡に該当しない」と述べ、「特別な事情」がない限り、評価通達に定められた評価方法(本件では配当還元方式)を採用すべきとしました。
b そして、税務当局の主張については、「本件株式譲渡が行われた後のA社の株式の保有割合をみると、甲らグループが47.9%であったのに対して、Xはわずか6.6%にすぎず、また、A社のグループ会社であるB社とC社における株式の保有割合をみても、甲とその親族が合計で、それぞれ、75%、約60%であるのに対して、Xは、それぞれ、約8%、約25%にとどまるから、甲の親族でもないXがA社の事業経営に実効的な影響力を与えうる地位を得たものとは到底認められず、Xは、当面、配当を受領すること以外に直接の経済的利益を享受することのない少数株主であり、その取得及び保有する株式の評価につき配当還元方式が本来的に適用されるべき株主に該当するものというべきである」旨を述べ、上記ⅰの主張(XがA社における甲の地位を裏付けていた株式のほとんどを取得し、A社における個人株主の中で保有株式数の最も多い筆頭株主の地位を得た)を排斥し、
c また、「Xが本件株式を購入する資金を得るため甲及びその相続人から借入債務を保証してもらったことについても金利等のコストの安い日本の銀行から借り入れるための便宜的なものであり理由がある」旨を述べ、上記ⅱの主張(Xが本件株式を購入する資金を得るため甲及びその相続人から借入債務の保証の便宜を受けることにより、実質的な金銭的支出を行うことなく本件株式を取得した)も排斥し、税務当局が「特別な事情」の1つ目として主張した内容を否定しました。
d さらに、「仮に、他の取引事例が存在することを理由に、評価通達の定めとは異なる評価をすることが許される場合があり得るとしても、それは、当該取引事例が、取引相場による取引に匹敵する程度の客観性を備えたものである場合等、例外的な場合に限られる。税務当局が主張する売買事例におけるA社の株式の売買価額は、実質的にみれば、わずか3件の取引事例にすぎず、客観性を備えたものとはいえない」として、税務当局が「特別な事情」の2つ目として主張した内容を否定しました。
なお、裁判所は、過去の売買実例価額の平均額が1株当たり794円と高額になったのは、いずれも取引先の銀行との売買事例であったため、A社に対する融資の増大が背景にあったなど取引上の見返りに対する銀行側の期待が株価の決定に影響した可能性は十分に考えられるところであるし、法人税の課税処理上の考慮が働いた可能性も考えられるから、このような売買価額が客観性を備えたものであるとはいえないとしました。
e 以上の検討の結果、「税務当局の主張を全て考慮しても、本件株式について評価通達に定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような特別な事情があるとはいえない」と述べ、Xの主張どおり、配当還元方式を採用するべきであるとしました。
(オ)本判決のまとめ
多くの判決や裁決で共通するところですが、財産評価通達の位置付けが税実務上非常に重視されていることが本判決により改めて確認されました。
そして、財産評価通達に定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような「特別な事情」が認められるには、かなり高いハードルを越える必要があることが示された判決であるといえます。
もっとも、不動産を利用した相続税対策の度が過ぎていた事案としての特殊性によるところがあるとはいえ、相続税課税に際して財産評価通達に定められた評価方法で不動産を評価しないことを正当と認めた最高裁判決が令和4年4月19日に出されており、今後の実務上の運用がどのようになっていくのか注目されるところです。
③みなし配当に関する裁判例
ア 納税者の「課税処分が信義則に反する」との主張を排斥した裁判例
※参考・引用:東京地方裁判所令和3年4月23日
(ア)事案の概要
Xは、A社の株式(以下「本件株式」といいます)の発行済株式総数800株の25%に当たる200株を、A社に対し、1株当たり55万円(総額は1億1000万円)で譲り渡し(以下、この取引を「本件株式譲渡」といいます)、この1億1000万円の対価(以下「本件対価」といいます)を譲渡所得として確定申告(以下「本件申告」といいます)をしました。
譲渡人であるXは、本件株式譲渡がなされた2年ほど前までA社の取締役であった者ですが、XとA社との間では、次の内容の調停(以下「本件調停」といいます)が成立していました。
a Xは、A社に対して、本件株式200株を1株当たり55万円(総額は1億1000万円)で譲渡する。
b 上記aの売買代金1億1000万円のうち、1800万円については、A社がXに対して支払済みの仮払金1800万円を充当する。
c 上記bの充当後のXの売買代金請求権9200万円のうち1690万円と、A社がXに対して有する保証債務履行請求権1690万円と対当額で相殺する。
d A社は、Xに対し、上記cの相殺後の売買代金残金7510万円を分割して、X名義の金融機関の口座に振り込む方法により支払う。
e Xは、A社に対し、本件調停の席上で、上記aの本件株式に係る株券を全て交付し、A社はこれを受領した。
A社は、Xに対し、約1年7ヶ月の間に、上記dの売買代金残金を分割して支払いました。なお、A社は、上記aの売買代金(1億1000万円)のうち1億円がみなし配当所得に該当することを前提に、上記支払の際に所得税等の源泉徴収をしたため、Xに対して実際に支払われた売買代金残金は源泉徴収後の5468万円でした。
税務当局は、Xに対して、本件対価のうち1億円が配当所得、1000万円が譲渡所得に当たるとしてみなし配当課税を行い、総所得金額を約1億0150万円(納めるべき税額は約1723万円)とする所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」といいます)に係る更正処分(以下「本件更正処分」といいます)と過少申告加算税(約227万円)の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と本件賦課決定処分を併せて「本件各処分」といいます)を行いました。
これに対し、Xは「本件の確定申告は、税務相談における税務署の相談担当職員の誤った回答を信頼して行ったものであるから、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するため、本件各処分は信義則に反して違法である」等と主張して本件各処分の取消しを求めて提訴したところ、本判決はXの主張を排斥して納税者敗訴としました。
本件の主要な争点は、
b 国税通則法(以下「通則法」といいます)65条4項の「正当な理由」の有無です。
本件では、上述したとおり、Xが「本件の確定申告は、税務相談における税務署の相談担当職員の誤った回答を信頼して行ったものであるから、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するため、本件各処分は信義則に反して違法である」等と主張し、信義則違反の有無が争われました
また、通則法65条4項は、修正申告書の提出等に基づき納付すべき税額に対して課される過少申告加算税につき、その納付すべき税額の計算の基礎となった事実に、その修正申告等の計算の基礎とされていなかったことについて「正当な理由」があると認められるものがある場合には、その事実に対応する部分については、過少申告加算税を課さないこととしています。
そのため、Xは、通則法65条4項の「正当な理由」があるから、本件賦課決定処分はなされるべきではないとも主張し、課税当局はこの点も争いました。
(ウ)当事者の主張
a 納税者であるXの主張
b 税務当局の主張
a まず、「本件対価は、A社の自己の株式の取得によりXが交付を受けた金銭に当たるから、その金銭の額の合計額がA社の資本金等の額のうちその交付の基礎となった本件株式に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額に係る金銭はみなし配当所得となる(所得税法25条1項4号)。
そして、上記対応する部分の金額は、A社の本件調停の直前の資本金等の額4000万円をA社の本件調停の直前の発行済株式等の総数800株で除して計算した金額5万円に、Xが本件調停の直前に有していた本件株式の数200株を乗じて計算した金額1000万円である(所得税法施行令61条2項5号イ)。そうすると、本件対価のうち1000万円を超える部分の金額1億円はみなし配当所得に該当する。
また、本件対価のうち、みなし配当所得に該当する部分の金額である1億円を除いた残りの金額である1000万円は、譲渡所得に該当する(租税特別措置法37条の10第3項4号)。
したがって、本件更正処分が本件対価のうち1億円は配当所得、1000万円は譲渡所得にそれぞれ該当するとした点に違法はない」として、税務当局が行った本件更正処分は、原則として問題がないと述べました。
b その上で、「信義則の法理の適用により、当該課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、その適用については慎重でなければならず、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお課税処分に係る課税を免除して納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような『特別の事情』の事情がある場合に信義則違反として課税処分が違法となる」旨を述べて、続けて、
「『特別の事情』が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後にその表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務当局の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかの点の考慮は不可欠であり、
上記公的見解の表示に当たるためには、少なくとも、その内容に沿った取扱いを確実に受けられると信頼してしかるべきものによる表示に限られるというべきであり、税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解の表示であることが必要である」旨を述べ、税務当局の「公的見解」と言えるためには、税務署長クラスの人から回答を得る必要があるとしました。
c そして、上記の基準を本件にあてはめ、「税務相談は、税務署側で具体的な調査を行うことなく、相談者の一方的な申立てに基づき、その申立ての範囲内で指導・助言を行うものであり、相談の範囲は多岐にわたる上、短時間での回答を求められるものであるから、その回答の正確性には限界がある。そのため、税務相談は、納税者の納税申告の一助となるように設けられた行政サービスの一環であるから、最終的にどのような納税申告をすべきかは納税者の判断と責任に委ねられている。
このような税務相談の性質に鑑みれば、税務相談における税務職員の指導・助言は、税務署長その他責任のある立場にある者の正式な見解の表示であると受け止められるような特段の事情のない限り、信頼の基礎となる公的見解の表明には当たらない」と述べ、「税務署長その他責任のある立場にある者の正式な見解の表示であると受け止められるような特段の事情」がない限り、税務相談における回答一般が「公的見解の表明」には当たらないことを確認しました。
d さらに、「本件における税務署の職員の回答に至るまでの過程は、Xと当該職員がカウンター越しに直立した状態で、Xが当該職員に対して、A社の概要、本件調停の内容等を口頭で説明した後に、当該職員は特段の調査を経ずにかつ比較的短時間のうちに本件対価はみなし配当所得ではなく譲渡所得に当たる旨を回答し、Xが持参したA社の登記事項証明書等の資料は当該職員に対して何ら提示されなかった、というものである。このような税務相談の状況に鑑みれば、当該職員の回答の正確性には限界があることは客観的にも明らかであるというべきであり、当該職員の回答が税務署長その他責任のある立場にある者の正式な見解の表示であると受け取られるような特段の事情もない。
したがって、本件更正処分に信義則の法理は適用されない。
(中略)一般的に税務相談において正確な指導・助言がされることが期待されているとしても、当該職員の回答の内容に過誤があったか否かは、上記結論を左右するものではない。
以上により、本件更正処分が信義則に反して違法であると認めることはできない」旨を述べ、Xの信義則に関する主張を排斥しました。なお、本判決は、本件更正処分が信義則に反するとは認められないことから、本件賦課決定処分にも信義則違反はないとしました。
e 次に、「過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対し課されるものであり、これによって、当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置であり、主観的責任の追及という意味での制裁的な要素は重加算税に比して少ないものである。
国税通則法65条4項の『正当な理由』がある場合とは、「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である」として、国税通則法65条4項の『正当な理由』が認められる場合の基準を提示しました。
f そして、上記の基準を本件にあてはめ「Xが本件の確定申告に当たり税務署の職員の回答を信頼していたとしても、Xが自己の判断と責任において本件対価の全てが譲渡所得に当たるものとして本件の確定申告をしたというべきであるし、A社によって本件対価のうち1億円がみなし配当所得に当たることを前提に本件株式に係る売買代金残金の支払の際に所得税等の源泉徴収が行われたところ、Xは、A社から配当とみなされる金額の総額として1億円及び源泉徴収税額として2042万円の記載された支払調書の送付を受けていた等の事実もあるから、本件の確定申告に当たり、本件対価の全てが譲渡所得に該当しない可能性を認識していたと認められる。
そのため、本件更正処分に基づく納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちに、本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、真にXの責めに任ずることのできない客観的な事情があるとはいえず、Xに過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるとはいえない。
したがって、本件においては過少申告加算税を賦課すべきでない『正当な理由』があるとは認められない」と述べ、本件賦課決定処分は適法であると判断しました。
(オ)本判決のまとめ
本判決では、税務相談での税務署職員の回答を信頼して申告したとしても、それが税務署長クラスの者からの税務当局としての公式見解といえるものでない限りは、結果的に誤った内容のものであったとしても納税者が必ず免責されるとは限らないことが確認されました。
本事案のXは、A社からの支払調書の記載や税理士からの助言でみなし配当課税となることを十分に認識し得ていたにもかかわらず譲渡所得として申告したものであり、結論としては妥当でしょう。
株式を譲渡するにあたっては、買主が株式の発行会社であるのか、それ以外の第三者であるのかによって全額が譲渡所得税課税の申告分離課税(税率約20%)となるのか、それとも一部だけ譲渡所得税課税でそれ以外は配当所得の総合課税(他の所得に応じて約10%〜45%)となるのかが変わってきますので、売主としては手取り金額が大きく変わってきます。
損をしないためには、このような点も含めて税理士等の専門家に十分に相談することが重要となってきます。
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