(1)株価算定に関する判例
ア DCF法を採用しつつ、修正簿価純資産法による評価を下支えとして買取価格を算出した裁判例
※参考・引用:東京高決平成28年9月14日判例タイムズ1433号134頁
(ア)事案の概要
株式会社Y(会社名は不明。以下「Y」といいます。)の株式を有する株主が、発行会社の株主総会において、Yを株式交換完全子会社とし、株式会社A(会社名は不明。以下「A」といいます。)を株式交換完全親会社とする株式交換(以下「本件株式交換」といいます。)に反対した上で、Yに対し、平成26年法律第90号改正前の会社法(以下単に「会社法」と言います。)785条1項に基づき、その保有株式の買取価格の決定を裁判所に求めた事案です。
(イ)会社の情報
Yは、ゴルフ場の経営等を目的とする株式会社であり、資本金の額は2億円です。
a 会社
発行済株式総数:4000株
b 売主
株主A:1株
株主B:1株
会社 :DCF法
株主ら:DCF法
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり3万5000円とする。
(原審が1株当たり2740円としていたものを変更した。)
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
DCF法を採用しつつ、修正簿価純資産法による評価を下支えとして買取価格を算出しました。その理由付けの要旨は概ね以下のとおりです。
① 会社法782条1項所定の吸収合併等により企業価値の増加が生じない場合に、吸収合併等に反対する株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は、原則として、当該株式買取請求がされた日における、吸収合併等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格をいい、会社法786条2項に基づき株式の価格の決定の申立てを受けた裁判所は、吸収合併等に反対する株主に対し株式買取請求権が付与された趣旨に従い、その合理的な裁量によって「公正な価格」を形成すべきものであるところ(最高裁平成22年(元)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・民集65巻3号1311頁参照)、非上場会社の株式の価格の算定については、様々な評価手法が存在するが、どのような場合にどのような評価手法を用いるかについては、裁判所の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである(最高裁平成26年(許)第39号同27年3月26日第一小法廷決定・民集69巻2号365頁参照)。
② 本件においては、本件株式交換により参加人に企業価値の増加は生じないから(審問の全趣旨)、本件各買取請求に係る「公正な価格」は、本件承認決議がされることがなければ本件各買取請求がされた日において本件各株式が有したであろう価格をいうものと解される。
③ 本件各株式の評価方法につき、Yが提出するB報告書、株主らが提出するC報告書のいずれも、インカム・アプローチに分類されるDCF法を用いているところ、インカム・アプローチは、評価対象会社から期待される利益ないしキャッシュフローに基づいて価値を評価する方法であって、一般的に企業の将来の収益獲得能力や固有の性質を評価結果に反映させる点で優れているといえ、継続企業の評価方法として、原則としてDCF法によるが相当である。
④ もっとも、DCF法により株式の評価をするためには、経営者による誠実な事業計画が策定されていることが前提となるが、Yにおいて具体的な事業計画が策定されていたことはうかがわれない。
Yはゴルフ場の経営等を目的とするところ、一般にゴルフ場経営は成熟した事業で保有不動産が収益の源泉となっていることからネットアセット・アプローチに分類される純資産法による評価に適しているといえ、このことはYに当てはまらないものではない。
マーケット・アプローチに分類される取引事例法は、適切な取引事例があれば一定の客観性を有しているものといえる。
本件各株式の評価の当たっては、DCF法による評価を基礎としつつ、純資産法や取引事例法による評価も考慮するのが相当である。
という判断枠組みの下に、Yが提出するB報告書を基礎としつつ、その算定の基礎となっている数字を修正して算定し直したDCF法による評価額をもとに、B報告書を基礎としつつ、その算定の基礎とした数字を修正して算定し直した修正簿価純資産法に基づく評価額を下支えとして買取価格を導きました。なお、取引事例法による評価については、株主らが取引事例として考慮すべきと主張したYが過去に行った新株発行の事例は、取引事例として考慮するのは相当でないとして考慮されていません。
イ 非流動性ディスカウントを行って株価評価をしていた原審を破棄した最高裁決定
※参考・引用:最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁
(ア)事案の概要
A社を吸収合併存続会社、株式会社道東セイコーフレッシュフーズ(以下「道東SFF」といいます。)を吸収合併消滅会社とする吸収合併(以下「本件吸収合併」といいます。)に反対した道東SFFの株主Bが、A社に対し、道東SFFの株式を公正な価格で買い取るよう請求したが、その価格について協議が調わなかったため、会社法786条2項に基づき、当該株式の買取価格決定の申立てをした事案です。
(イ)会社の情報
道東SFFは、酒類及び飲料食品の卸売、小売等を目的とする株式会社であり、平成24年10月1日、A社に吸収合併され、解散しました。
A社と道東SFFは、いずれも株式会社セイコーマートの子会社です。
発行済株式総数:338万7000株
b 売主
保有株式数:32万5950株
(発行済株式総数の約9.6%)
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり106円とする。
(原審は1株当たり80円としていた。)
(オ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
最高裁は、非流動性ディスカウントを行って株価評価をしていた原審を破棄しました。理由付けは概ね以下のとおりです。
① 会社法786条2項に基づき株式の価格の決定の申立てを受けた裁判所は、吸収合併等に反対する株主に対し株式買取請求権が付与された趣旨に従い、その合理的な裁量によって公正な価格を形成すべきものであるところ(最高裁平成22年(元)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・民集65巻3号1311頁参照)、非上場会社の株式の算定については、様々な評価手法が存在するが、どのような場合にどの評価手法を用いるかについては、裁判所の合理的な裁量に委ねられている。
しかし、一定の評価手法を合理的であるとして、当該評価手法により株式の価格の算定を行うこととした場合において、その評価手法の内容、性格等からして、考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定することは許されない。
② 非流動性ディスカウントは、非上場の株式には市場性がなく、上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ、収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定するものであって、同評価手法には、類似会社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていない。
吸収合併等に反対する株主に公正な価格での株式買取請求権が付与された趣旨が、吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、退出を選択した株主には企業価値を適切に分配するものであることをも念頭に置くと、収益還元法によって算定された株式の価格について、同評価手法に要素として含まれていない市場における取引価格との比較によりさらに減価を行うことは、相当でない。
③ 非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ、裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行うことはできない。
ウ DCF法を採用したほか、株式買取請求権の場面ではマイノリティ・ディスカウントや非流動性ディスカウントを行うことは相当でないと判断した裁判例
※参考・引用:東京高決平成22年5月24日金融・商事判例1345号12頁
(ア)事案の概要
海岸ベルマネジメント株式会社(旧商号 カネボウ株式会社)(以下「Y社」といいます。)は、株式会社産業再生機構(以下「産業再生機構」といいます。)の支援決定を受け、事業再生計画を実施していたところ、平成18年4月14日、平成17年法律第87号による改正前の産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法(以下、単に「産業活力再生特別措置法」といいます。)12条の3第2項に基づき、取締役会の決議を経て、主要3事業のうち2事業に係る営業を譲渡し、同法12条の3第3項、平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」といいます。)245条の5第2項等に基づき、その旨の電子公告を行いました。
Y社の株主である申立人らが、産業活力再生特別措置法12条の3第3項、旧商法245条の5第3項、同条4項に基づき、Y社に対し営業譲渡に反対の通知をした後、買取請求権を行使したが、協議が調わなかったとして、裁判所に対し、株式買取価格の決定を求めた事案です。
(イ)会社の情報
Y社は、各種繊維工業品、医薬品、化粧品及び各種食品等の製造、加工及び販売等を目的とする株式会社です。
発行済株式総数:2億2641万5057株
うち、普通株式 :5128万3557株(自己株式等含む)
A種類株式:3000万株
B種類株式:3000万株
C種類株式:1億1513万1500株
b 売主ら
普通株式100株~145万株
(最も少ない者で100株、最も多い者で145万3100株であり、合計約677万株)
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり360円とする。
(オ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
裁判所は、DCF法により評価することが妥当との判断を示しましたがその理由は概ね以下のとおりです。
① 株式の価値は、株式を発行する企業の企業価値から導き出されるものであるが、企業価値は、資産価値、収益性や業界の景気動向などに影響されるので、客観的、一義的に決定するのは困難である。上場会社の場合には、株式の市場価額という客観的な指標が存するが、非上場会社の場合は、株式の市場価額が存在しないため、当該企業価値を表象する重要な要因が何であるかに着眼し、その着眼点に合致した方法により株式評価を行うことが相当。
② 本件のような営業譲渡や合併、会社分割などの場合において、株式買取請求権が認められるのは、特別決議という多数決等によってそれらが決められ、少数派の反対株主としては株式を手放したくないにもかかわらずそれ以上不利益を被らないために株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれるということに対する補償措置として位置づけられるものである。
本件のような営業譲渡や合併、会社分割は、会社の財産処分としてこれを捉えることができるから、少数派の反対株主は、会社が清算される場合と同様、会社の全財産に対する残余財産分配請求権を有すると観念的には捉えることができるところ、その価値は、清算に際し事業が一体として譲渡される場合を想定した譲渡価値、すなわち、その事業から生ずると予想される将来のキャッシュフローの割引現在価格に一致すると考えるのが合理的である。
③ 配当還元方式は、将来予想される配当の割引現在価値にだけ着目していくもので、残余の部分は支配株主に帰属することになるから、相当性を欠く。
④ 時価純資産方式は、清算が予定されている企業の株式価格の算定には適するが、本件のように継続企業としての価値を評価するという場合には適当でないというべきである(せいぜい評価の下限としての意味を有する程度のものというべきである。)。
⑤ 類似会社比準方式についても、Y社は最近まで産業再生機構の支援を受けていた事業再生途上の会社であって、このような状況にない上場会社とは経営状況が大きく異なるから、これによることは相当でない。
⑥ DCF法は、将来期待できる経済的利益を現在価値に引き直して株式価値を算定する方法であり、現在の株式価値は将来の株式が生み出すであろう価値を織り込んで評価しているから、DCF法で算定した株式の価値に更に今後の株価上昇に対する期待権を評価して期待プレミアムを上乗せするのは相当でない。
⑦ 株式買取請求権は、少数派の反対株主としては株式を手放したくないにもかかわらずそれ以上不利益を被らないため株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれることに対する補償措置として位置づけられるものであるから、マイノリティ・ディスカウント(非支配株式であることを理由とした減価)や非流動性ディスカウント(市場価格のないことを理由とした減価)を行うことは相当でない。
エ 清算価値による時価純資産方式により算定された数字を基礎としてその数字に20円上乗せして決定された合併交付金の金額を買取価格として採用した裁判例
※参考・引用:東京地決平成21年10月19日
(ア)事案の概要
平成20年11月11日に効力が生じた、トリニティ・インベストメント株式会社(以下「トリニティ社」といいます。)を吸収合併存続会社とし、清算会社である海岸ベルマネジメント株式会社(平成19年6月30日以前の旧商号カネボウ株式会社。以下「Y社」といいます。)を吸収合併消滅会社とする吸収合併(以下「本件合併」といいます。)に関して、Y社の株主であり、平成20年9月26日開催の株主総会において本件合併に反対するなど、反対株主の株式買取請求権(会社法785条1項、2項)を有すると主張する申立人らが、Y社に対してその所有していた同社の普通株式の買取りを請求した上で、本件合併により同社の権利義務を承継したトリニティ社との間で協議が調わなかったとして、会社法786条2項に基づき、裁判所に株式の価格の決定を求めた事案です。
(イ)会社の情報
Y社は、各種繊維工業品を中心に、化粧品、薬品、日用品、食品等の製造、加工及び販売等を業とする株式会社です。
発行済株式総数:2億2641万5057株
うち、普通株式 :5128万3557株(自己株式等含む)
A種類株式:3000万株
B種類株式:3000万株
C種類株式:1億1513万1500株
b 売主
申立人X1 普通株式:100株
申立人X2 普通株式:100株
(その他の多数の申立人は不詳)
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり130円とする。
(オ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
裁判所は、概ね以下の理由により、清算価値による時価純資産方式により算定された数字を基礎としてその数字に20円上乗せして決定された合併交付金の金額である130円を買取価格としました。
① 会社法785条1項は、吸収合併に反対する吸収合併消滅会社の株主は、同社に対し、自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求することができる旨を定め、同法786条2項は、その株式の価格について株主及び同社との間で協議が調わないときは、裁判所に対して価格の決定の申立てをすることができる旨を定めている。この裁判所による価格の決定は、客観的に定まっている過去の株価を確認するのではなく、新たに「公正な価格」を形成するものであって、価格決定に当たり考慮すべき要素は極めて複雑多岐にわたらざるを得ないが、法が価格決定の基準について格別規定していないことからすると、法は、価格決定を裁判所の裁量に委ねているものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和48年3月1日決定・民集27巻2号161頁参照)。
② 本件は、Y社が、主要三事業を営業譲渡したことにより営むべき事業がほとんどなくなったとして、平成19年6月30日に解散して清算会社として清算手続をしていたところ、平成20年11月11日、相手方を吸収合併存続会社とし、Y社を吸収合併消滅会社とする吸収合併において、同社の反対株主が株式買取請求権を行使した事案である。
③ 清算会社は、一般に企業活動を継続することは予定されておらず、清算の目的の範囲内において、清算結了までなお存続するものとみなされ(会社法476条)、会社の現務を結了し、債権の取立て、債務の弁済、残余財産の分配等をすることが予定されている(同法481条)。したがって、清算会社を吸収合併消滅会社とする吸収合併において、同社の株主が株式買取請求権を行使した場合、当該株式の「公正な価格」は、特段の事情がない限り、吸収合併の効力が確定的に生じる吸収合併の効力発生日における清算会社の客観的価値、すなわち、吸収合併がなければ有すべき清算価値、又は、吸収合併を前提とした清算価値に基づいて算定するのが相当。
という判断枠組みを示した上で、本件株式の「公正な価格」を吸収合併の効力発生日における清算会社であるY社の客観的価値(清算価値)に基づいて算定することが相当とは認められない特段の事情があるかを検討し、特段の事情はないとしました。
その上で、 合併交付金の金額の決定に際してACEコンサルティング株式会社が清算価値による時価純資産方式により株価を算定した結果1株当たりの純資産額は110.22円とされたことを踏まえて、Y社の清算人会が定めた本件合併の合併交付金の金額である1株当たり130円という金額を、Y社の客観的価値(清算価値)に基づく「公正な価格」としました。
オ 収益還元方式、配当還元方式、純資産価格方式(清算処分価額による)をそれぞれ0.3、0.3、0.4の割合で採用した裁判例
※参考・引用:大阪高決昭和60年6月18日金融・商事判例727号23頁
(ア)事案の概要
株式譲渡制限に関する定款変更決議に反対した株主が、会社(以下「Y社」といいます。)に対し、自己の有する株式の買取請求をし、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事案です。
(イ)会社の情報
綿糸、混紡糸、化繊糸の製造等を目的とした株式会社です。
発行済株式総数:200万株
b 売主
保有株式数:10万1070株(持分比率、議決権比率ともに5.05%)
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり505円とする。
(オ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
収益還元方式=0.3
配当還元方式=0.3
純資産価格方式(清算処分価額による)=0.4
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① 取引相場のない株式の評価方式として、一般的に(1)収益還元方式(2)配当還元方式(3)純資産価格方式(4)類似業種比準方式(5)売買実例価格方式の5方式があり、(3)についてはその価額の求め方により帳簿価額、再取得価額又は清算処分価額の3つが考えられている。
② A鑑定は、(3)の純資産価格方式につき、解散清算を予想した価格で継続企業としての株式評価には適当な方式とはいえないが、Y社の如く慢性的不況が続き、多額の欠損が生じ、将来の予想利益がほとんど期待できない場合には、ある程度考慮に入れる必要がある、として、他の方式と併用する場合の③のウエイトを10パーセントとしている。
しかし、営業を継続している会社の場合でも、株主は潜在的には残余財産分配請求権を有しているのであり、純資産価値の大なることが事業の経営に利益に働くと解するのは当然のことであるし、前記事実関係を考慮すれば、③のウエイトは10パーセントに止めるべきではない。
③ (4)の類似業種比準方式は、相続税及び贈与税の課税上における株式の価額評価に関し、国税庁の基本通達に基づき類似した業種の平均値と比較して、特定の算式により算出する方式であるが、元来課税目的の株式評価であるから評価の簡便性・画一性が要求され、そのため商法349条1項の求める「公正ナル価格」と異なった評価となることが避けられず、比準要素となる類似業種の標本会社がY社のような同族会社で事業の内容も単純な場合と類似性があるのか極めて疑問であるばかりでなく、公表されている算式のうち減価要素として0.7を乗ずる数値の根拠が明らかでない。したがって、本件の場合に類似業種比準方式を併用するのは相当でない。
④ 次に(5)の売買実例価格方式の採用については、饗庭鑑定はY社の株価が東洋紡績株式会社の株価の80パーセント相当額とは直ちに考えられないとしながら、取引実例が相当数実在したことを理由に、売買実例価格方式のウエイトを20パーセントとして併用している。
しかし、一上場会社の取引価額の一定割合に限定すること自体正当な株式の評価をしている訳ではないことが窺われるし、東洋紡績株式会社がY社と著しく規模が異なり、取扱品目の構成も大きく相異していることは顕著な事実である上、記録上認められる売買例の買受人はそのほとんどがY社の代表取締役であるXであることからすれば、同売買例は政策的な考慮か市場性のないことからする便宜的な方策として代金額が定められたもので、客観的交換価値を適正に反映しているものではないと認められる。したがって右売買実例価格方式を併用するのは相当ではない。
⑤ 他方、株式価格が本来擬制資本の価格であることからして、試算価格がゼロとなる場合であっても、①の収益還元方式による価格と②の配当還元方式による価格は無視されるべきではない。
⑥ なお、商法349条に基づく株式買取請求は、元来譲渡自由であった株式を譲渡制限の決議がなければ有したであろう公正な価格で買い取ることを請求するものであるから、その株式の取得事情、取得価額如何は問うところではなく、売主がたとえ株式を無償で取得していたとしても買取価格に影響を与えるものではないと解すべきである。
⑦ 以上のことから、本件株式の買取価格を定めるについては(1)収益還元方式、(2)配当還元方式、(3)純資産価格方式(清算処分価額による)の3方式を併用することとする。
本来均等割合とするのが公平とみられるところ、業績好転の見込みの少ない点を考慮し、(3)の方式に他より若干のウエイトを置くこととして、その割合を(1)につき30パーセント、(2)につき30パーセント、(3)につき40パーセントとするのが相当である。
カ 類似会社比準法と純資産価格法をそれぞれ0.5、0.5の割合で採用した裁判例
※参考・引用:高松高決昭和50年3月31日判例タイムズ325号220頁
(ア)事案の概要
株式譲渡制限のための定款変更決議に反対した株主が、会社(以下「Y社」といいます。)に対し、自己の有する株式の買取請求をし、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事案です。
(イ)会社の情報
(1)製麦、製麺業、(2)米、麦、小麦紛、雑穀、飼料、その他食料品の販売業、(3)倉庫業、(4)不動産賃貸業など多岐に渡り事業を展開する株式会社であり、営業の中心は、米と飼料の卸売と製紛(加工)です。
また、創業者とその一族が全株式を保有する典型的な同族会社です。
(ウ)株式の情報
発行済株式数、売却株式数、持分比率等の詳細は不明です。
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり940円とする。
(オ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
類似会社比準法=0.5
純資産価格法=0.5
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① 原審における鑑定の結果によると、同鑑定が採用している類似業種比準法では、類似業種4社の平均値を使用するなど苦心の跡が窺われるけれども必ずしも十分なものとはいいきれない。のみならず株式の価格形成の要因も右に掲げた諸要素に限定されるものとも断定し難い。
② 他方、買取請求当時のY社における売主の立場は非支配株主の範疇に属するといえようが、同族株主であることに変りはないうえ、Y社は株式の譲渡制限をした閉鎖的会社であり、会社としての規模も常識的にいって未だ中程度の域を出ていないことを考慮すると、売主が有する株式は、Y社の純資産価値を反映した価値を帯有しているものと解するのが相当である。
③ そうだとすれば、原審及び原審の判断の基礎となった前掲の鑑定が採用した類似会社比準法と純資産価格を併用する考え方自体は、合理性あるものとして肯認できる。しかし原審は、両方式を併用して株式価格を決定するにあたり純資産価格法により算出した価格に、類似会社比準法による算出価格の一倍の比重を置き、また前掲の鑑定においても同様の見地から純資産価格法により算出した価格にプラスの修正を施すのであるが、かかる方式は、営業を継続する株式会社における投下資本の回収方法が株式の譲渡以外にないことなどを考慮すると、純資産価値を重視しすぎるものというほかなく、未だ十分な合理性ある理論的根拠を有するものとは解し難く、このことと前認定のY社の実体を勘案すると、前記両方式による算出価格の平均値をもってY社の株価と解するのが相当であると考えられる。
(2)要件に関する判例
ア 株主総会の基準日後に株式を取得した株主が「当該株主総会において議決権を行使することができない株主」にあたるとした裁判例
※参考・引用:東京地決平成25年7月31日 資料版商事法務358号148頁
(ア)事案の概要
A社は自社の株式を全部取得条項付株式にしようと考え、自社の株式を全部取得条項付株式にする旨の定款の変更をするため、株主総会を開催し、定款を変更する決議が可決されました。一方で、A社の株主であるXは、株主総会前ではありますが、議決権を行使できる基準日以降に株式を取得したので、株主総会で議決権を行使できなかったため、「当該株主総会において議決権を行使することができない株主」として、株式買取請求をA社にしました。
(イ)判決の概要
裁判所は、①当該株主総会において議決権を行使することができない株主について、その種類を、議決権制限株主等、特定の種類の株主に限定する旨の規定は存在しないこと、②株式買取請求や買取価格決定の申立てが、会社の基礎に変更がある場合に株主に対して投下資本を回収して経済的救済を得る方法を与えることを目的とする制度であり、必ずしも株主が議決権を有していることや議決権を行使したことを前提としなければならないわけではなく、当該株主総会において議決権を行使することができない株主にも、株式買取請求権等の行使を認めていることという二つの理由から、議決権と株式買取請求権等は切り離された権利であるとして、Xの株式買取請求権の行使を認めました。
イ 名義書換えを行っていない株主は「当該株主総会において議決権を行使することができない株主」にあたらないとした裁判例
※参考・引用:東京地決平成21年10月19日 金商1329号30頁
(ア)事案の概要
A社は自社を消滅会社とする吸収合併とする株主総会を開催し、A社の吸収合併は可決されました。一方で、A社の株主であるXは、①とは異なり、議決権を行使できる基準日以前に株式を取得しました。しかしながら、Xは株式名簿の書換えの請求を怠ってしまっていたため、議決権を行使することができませんでした。そこで、Xは、A社に対し「当該株主総会において議決権を行使することができない株主」として、株式買取請求をしました。
(イ)判決の概要
「当該株主総会において議決権を行使することができない株主」にも、株式買取請求権等の行使を認める法律を定めたのは、「議決権制限株式の株主にも、意に沿わない会社の基礎の変更の際に投下資本を回収する救済を与えるのが相当」であることにあります。もっとも、名義書換えを怠るような者を保護する必要はなく、このような株主の株式買取請求権等の行使を認めてしまうと、議決権を行使できる株主に、株主総会に先立って会社に反対通知をすることを要求し、会社に対してどの程度の株式買取請求をされる可能性があるかを認識させ、議案の提出前に再考する余地を与えている会社法の趣旨が没却されてしまいます。そのため、裁判所は基準日前に株式を取得したとしても、名義書換えを怠っている株主は「当該株主総会において議決権を行使することができない株主」にあたらないと判断しました。
ウ 完全子会社となる会社に対して株式買取請求権を行使し、その後、協議が整わなかったため、株式買取請求権を撤回した場合において、組織再編等における株式買取請求をした株式は組織再編等の効力が発生した時点で、完全子会社を経由し完全親会社へ移転するため、株式買取請求権を行使した者に対し、株式は返還されないが、株式の代金相当額の金銭の返還を求めることができるとした裁判例
※参考・引用:東京高判平成28年7月6日 判例時報2338号91頁
(ア)事案の概要
Yがその親会社との間でYを株式交換完全子会社とする株式交換を行った際に、Yの株主であったXが、これに反対して株式買取請求を行いました。XとYの協議は整わなかった上に、株式買取価格決定の申立ての期間は経過してしまいました。そのため、Xは株式買取請求を撤回した後、Yに対し、完全親会社の株主であると主張し、認められない場合には、相当額の支払いを求めました。
(イ)判決の概要
株式交換がされた場合、完全親会社は、株式交換の効力発生日に完全子会社の発行済株式を取得し、完全子会社の株主は、効力発生日に完全親会社の株主となります。しかしながら、完全子会社に対し、株式買取請求を行った場合には、株式交換の効力発生日にその効力を生じ、株式買取請求の対象となった完全子会社の株式に対しては、完全親会社の株式が割り当てられることはありません。そして、株式買取請求がされた後、株式交換の効力が生じると、株式買取請求をした株主が有する株式は、効力発生日に完全子会社を経て、完全親会社に移転することになります。そのため、裁判所は、Xが再度、Yの株式を保有することにはならないと判断しました。
もっとも、撤回によって、完全子会社には原状回復義務として完全子会社の株式を返還する義務が生じますが、完全親会社が完全子会社の株式を取得していることから、完全子会社は株式を返還することができません。そのため、完全子会社は、株式買取請求をされた株式の代金相当額の金銭を返還する義務を負うことになります。
その場合の株式の代金相当額とは、株式の返還が不可能になった株式交換の効力発生日の時点の株式の価格となります。