(1)株価算定に関する判例
ア 先行する公開買付けにおける買付価格と同額を株式売渡請求の売買価格とした裁判例
※参考・引用:東京高決平成31年2月27日
(ア)事案の概要
日本生命相互会社(以下「売渡請求者」といいます。)が、三井生命保険株式会社(以下「対象会社」といいます)を子会社化する取引(以下「本件経営統合」といいます。)の一環として、対象会社の発行済株式の全部(対象会社が保有する自己株式を含まない。)の公開買付け(以下「本件公開買付け」といいます。)に引き続き実施した会社法179条1項に基づく特別支配株主による株式売渡請求に対し、売渡株主が、同条の8第1項に基づき、自己が保有する対象会社の普通株式の売買価格の決定を求めた事案です。
(イ)会社の情報
対象会社は、生命保険業を主たる目的とし、資本金の額を1672億8001万円とする株式会社です。対象会社は非上場会社です。
(a)A種類株式 発行済株式数:108万4000株
(剰余金の配当及び残余財産の分配について普通株式に先立ち、株主総会における議決権を有さず、普通株式への転換を請求できる内容の種類株式。)
(b)B種類株式 発行済株式数:60万株
(剰余金の配当及び残余財産の分配について普通株式及びA種類株式に先立ち、株主総会における議決権を有さず、普通株式への転換を請求できる内容の種類株式。)
(c)普通株式 発行済株式数:2億9580万7200株
上記3つの株式数を合算すると2億9749万1200株であり、A種類株式及びB種類株式が全て普通株式に転換された場合の普通株式の総数は5億9727万3868株となります。
b 株主の保有株式数 普通株式2127万6500株
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり560円とする。
(オ)株価に関する決定の理由
裁判所は以下の理由などを挙げて、先行する公開買付けにおける買付価格と同額である560円を売買価格とした原審を維持しました。
① 本件売渡請求は、売渡請求者と対象会社の間の本件経営統合に係る契約を前提として、売渡請求者による対象会社の発行済み株式の全部を対象とする公開買付けに引き続き実施されたものであるところ、売渡請求者は、本件経営統合ないし本件公開買付けに至るまで、対象会社の株式を一切保有しておらず、対象会社との間に何等の資本関係もなかった。
このように、相互に特別の資本関係がない会社間において、一方の会社が他方の会社と経営統合するための手段として株式の公開買付けを行い、その後に当該会社の株式について会社法179条1項に基づく特別支配株主による株式売渡請求をして、当該会社の株式の全部を取得する場合においては、いわゆる独立当事者間において企業取引がされた場合と同様に、それぞれの会社において忠実義務を負う取締役が当該会社及びその株主の利益にかなう契約内容や買付価格を決定することが期待できるといえる。そして、公開買付けに応募しなかった株主の保有する株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど、一般に公正と認められる手続により経営統合の手段たる公開買付けが行われ、その後に公開買付けと同額で株式売渡請求がされた場合には、株主が公開買付けに応じるか否かを適切に判断することが期待できる以上、上記の手続において基礎となった事情に予期しない変動が生じたなどの特段の事情がない限り、裁判所は、株式売渡請求に係る株式の売買価格と同額とするのが相当である。
② (上記①の考え方の前提となっている各最高裁決定(平成24年2月29日第二小法廷決定・民集66巻3号1784頁、平成28年7月一日第一小法廷決定・民集70巻6号1445頁)はいずれも上場株式が対象となっている事案についてのものであり、非上場株式につき各最高裁決定の枠組みを適用することはできない旨の株主側の主張に対して、)株式価格の形成には多元的な要因が関わることから、種々の価格決定方法が存し、そのため、株式価格の算定の公正さを確保するための手続等が講じられた場合にも、将来的な価格変動の見通し、組織再編等に伴う増加価値等の評価を考慮した株式価格について一義的な結論を得ることは困難であり、一定の選択の幅の中で関係当事者、株主の経済取引的な判断に委ねられる面が存するといわざるを得ず、独立当事者間の取引の場合には各当事者がそれぞれ経済合理性を追及することから、合理的な価格が形成されるのが通常であり、このことは、上場株式に限らず、非上場株式の場合も同様である。
イ 時価法(継続価値法)、収益価値法を用いるとともに将来の債務免除に対する期待利益の一部を株式の時価評価に反映させた裁判例
※参考・引用:東京地決令和2年7月9日
(ア)事案の概要
JASDAQスタンダード市場に株式を上場していた株式会社MAGねっとホールディングス(以下「発行会社」といいます)の発行する全部取得条項付種類株式(以下「本件株式」といいます)の株主らが、会社法172条1項に基づいて、取得価格の決定を裁判所に求めた事案です。
(イ)会社の情報
発行会社は、不動産の調査・鑑定及び資料収集業務、貸金業、金融業、投資業、有価証券の取得・保有・投資及び運用、不動産の売買等を目的とする株式会社であり、自ら事業を行っていない純粋持株会社です。
a 発行会社の発行済株式総数:1945万5339株
(うち自己株式は1000株)
b 株主の保有株式数:株主A 5万5000株
株主B 100株
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり28円とする。
(なお、鑑定人はその鑑定で25円としていた。)
(オ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
鑑定人が、その鑑定において、A)時価法(継続価値法)と収益価値法などから本件株式の1株当たりの企業価値を28.417円と算出した上で、B)その数字と発行会社の上場廃止前の市場株価とを比較し、最終的に上場廃止前の最終の終値25円を採用していたのに対し、裁判所は、鑑定人の上場廃止前の最終の終値を採用した部分(上記B)を否定し(上記Aまでを採用し)、本件株式の取得価格を1株当たり28円と定めました。
理由付けは概ね、以下のとおりです。
① 会社法172条1項による全部取得条項付種類株式の取得価格決定の制度が、取得日においてその保有株式を強制的に取得されることになる反対株主等の有する経済的価値を補償するものであることや、同項が取得価格の判断基準を格別に規定していないことなどを踏まえると、取得価格決定の申立てがされた場合に裁判所が定める価格は、裁判所の合理的な裁量により定められる公正な価格をいうと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和48年3月1日決定・民集27巻2号161頁参照)。
② 全部取得条項付種類株式の取得が当該会社の筆頭株主の完全子会社化を目的として行われる場合には、完全子会社化のために業務執行を行う当該会社の取締役と、当該会社の株式を継続して保有していた場合に株価が上昇することについての期待を有する当該会社の少数株主との間に利益相反関係が生じ、本来株式の譲渡が自由であるはずの少数株主が当該株式を強制的に取得されることにより、上記の期待を奪われるおそれが生じるというべきである。したがって、裁判所が上記の公正な価格を算定するに当たっては、少数株主の上記期待を保護する観点から、〈1〉取得日における当該株式の客観的価値に加えて、〈2〉強制的な株式の取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価した部分についても考慮することとするのが相当である。
③ (本件株式の資産価値について)鑑定人は、時価法(継続価値法)を採用し、発行会社の1株当たりの資産価値を1.253円と評価する。かかる資産価値は、本件株式の客観的価値を構成するものといえるところ、上記の鑑定人の評価内容は、専門的知見を有する鑑定人の判断として不合理なものとはいえないから、採用できる。
④ (本件株式の収益価値について)鑑定人は、収益価値法を採用し、本件株式取得の日における収益価値を0円であると評価しているところ、その内容は、専門的知見を有する鑑定人の判断として合理的なものであるといえるから採用できる。
⑤ 鑑定人は、発行会社の債権者が当該債権の回収行為を行っていない場合には、当該債務の全部又は一部について債務免除に関する期待利益が存在し、当該利益は負債の時価評価に影響し、資産価値の一部を構成するところ、鑑定人の発行会社に対するヒアリング調査等の事情から、発行会社において債務免除に向けた活動がなされており、本件株式取得の時点における第三者の発行会社に対する債務の総額の50%について債務免除に対する期待利益が存在し、負債の時価評価に反映できると評価して、1株当たり27.218円の期待利益を考慮する。
(本件の各事情を検討した上で)鑑定人が50%の債務免除に対する期待利益を本件株式の時価評価に当たり反映させることができると判断したことは、専門的知見を有する鑑定人の判断として不合理であるとはいえず、採用できる。
⑥ 本件株式の1株当たりの企業価値は、28.471円である(計算式:1.253円+27.218円)。
⑦ 鑑定人は、本件株式取得の日において発行会社の資産価値及び収益価値から算定した1株当たり28.417円は、発行会社の上場廃止前の5日間の株価の終値が25円から35円の範囲で推移していたことからすると、投資家の立場に立ってみた場合に発行会社の資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績見通しを適切に反映したものであるから、公正な価格として採用できるとして、取得価額は(上場廃止前の最終の終値である)1株当たり25円であると結論付けた。
しかし、1株当たりの企業価値は28.417円であるから、その差異は、1株当たり3.471円であり、これを発行会社の自己株式を除く発行済株式数を乗じた企業価値の総額を基準として比較すれば、6752万6010円もの差異が存在することとなるから、発行会社の上場廃止の日における終値を形成した企業価値の構成要素と、本件株式取得の日における企業価値の構成要素が同一であるか又は近似していると評価することは困難であると言わざるを得ない。
したがって、本件株式取得の日における本件株式の取得価格として発行会社の上場廃止の日における終値を採用した点の鑑定人の判断には、相当といえない事情があるといわざるを得ないから、採用できない。
⑧ 本件株式の公正な価格の算定に当たり、本件株式取得によりシナジーが生じることによって増大が期待される価値のうち、既存株主が享受してしかるべき部分を考慮することが相当である。しかし、㈱ファイは、発行会社を含む子会社管理等を目的とする株式会社であり、本件株式取得の日において利害関係人の発行済株式総数78.12%の株式を有している筆頭株主であったことからすると、本件株式取得によって発行会社が㈱ファイの完全子会社となることにより、新たなシナジーが生じると認めることはできない。本件株式取得によりシナジーが生じることなどによって増大が期待される価値のうち、既存株主が享受してしかるべき部分は存在しない。
ウ 時価法(継続価値法)、収益価値法を用いるとともに将来の債務免除に対する期待利益の一部を株式の時価評価に反映させた裁判例
※参考・引用:大阪地決平成27年12月24日
(ア)事案の概要
フォレスト不動産株式会社(以下「発行会社」といいます)の株式を有していた株主が、発行会社の普通株式を全部取得条項付種類株式としてその全てを発行会社が無償で取得するなどの内容の株主総会決議に先立って、その取得に反対する旨を発行会社に通知して上記の株主総会において反対したと主張して、会社法172条1項に基づき、株主が保有することになった発行会社の全部取得条項付種類株式30万5000株(以下「本件株式」といいます)の取得価格の決定を裁判所に求めた事案です。
(イ)会社の情報
発行会社は、寝装品の製造及び販売を主たる事業としていた株式会社です。発行会社の株式はJASDAQ市場に上場されていたが、平成22年6月21日に上場廃止となりました(なお、本件株式の全部取得条項による取得日は平成27年1月16日)。
b 株主の保有株式数 30万5000株
(エ)株価に関する決定内容
1株当たり0円とする。
(オ)株価に関する決定の理由
裁判所が、1株当たり0円とした理由は、概ね以下のとおりです。
① 発行会社は、多額の債務超過の状態にあり、また、今後の事業展開によって利益を上げることも困難な状態にあって、近時における清算が予定されているものとうかがわれることなどに鑑みれば、本件各株主総会に係る各決議による取得がなかったであれば有していたであろう利害関係参加人の株式の価格は0円であるといわざるを得ない。
② 発行会社が、本件各株主総会に係る各決議がされた当時、吸収分割によって発行会社の寝装品事業(管理部門を含む。)を承継したモリシタ株式会社の発行済株式の全部を有していたという事情は、それらの株式には金融機関によって質権が設定され、その株式の価値は全て質権を有する金融機関に把握されていたのであるから、発行会社の株式の価格についての積極的な評価をすることはできない。
(2)要件に関する判例
ア 特別支配株主からの株式売渡請求を承認したことを会社が公告した後に、株式の譲渡を受けた株主は、売買価格決定の申立て(会社法179条の8第1項)をすることができないとした判例
最決平成29年8月30日 最高裁判所民事判例集71巻6号1000頁
(ア)事案の概要
A社の特別支配株主であるBはA社に対し、株式売渡請求を行い、A社はこれを承認しました。そのため、会社法179条の4第1項1号等に基づき、Bの請求を承認したこと等を公告しました。この公告の後、Xは株式を取得しましたが、Bの提示している株式の価格について不満があったため、裁判所に対し、売買価格決定の申立てを行いました。
(イ)判決の概要
売買価格決定の申立ての趣旨は、会社からの通知又は公告により、その時点における株主が、その意思にかかわらず定められた対価の額で株式を売り渡すことになることから、そのような株主であって対価の額に不服がある者に対し適正な対価を得る機会を与えることにあります。したがって、売買価格決定の申立ては通知又は公告の後に株主になった者を保護することを想定していません。そのため、裁判所は公告後に売買価格決定の申立てをすることはできないとしました。
イ 譲渡制限株式が準共有状態にある場合においても、その一部の者に対する売渡請求が認められるとした裁判例
※参考・引用:東京高判平成24年11月28日 資料版商事法務356号30頁
(ア)事案の概要
Y社(被告)は定款で、株式の譲渡には株主総会の承認を要する旨及び相続や合併等の一般承継により株式を取得した者に対し、本会社は当該株式を本会社に売り渡すことを請求できるものとするという旨を定めていました。AがY社の株式を保有していましたが、Aが死亡し、Y社の株式を相続人XとBが準共有する状態となりました。
その後、Y社は、臨時株主総会を開催し、Xのみに対して、株式全部をY社に売り渡すことを請求する旨の決議を行いました。準共有者一人に対する売渡請求が違法になるのかが争われました。
(イ)判決の概要
一般承継による株式の移転は、株式譲渡制限制度による株式会社の承認が必要でないため、一般承継人は当然に株主となります。一般承継人が株式会社の他の株主にとって好ましくないこともありえるため、そのような一般承継人を当該株式会社から排除することを可能とするために、会社法は相続人等に対する売渡しの請求を認めています。
相続人のうちの一部の者のみが他の株主にとって好ましくないという事態が生じた場合には、その一部の者のみを排除することができれば目的は十分に達成できます。また、遺産分割協議等によって株式の準共有状態が解消された場合には、株式会社が相続人のうちの一部の者に対してのみ売渡しの請求をすることが可能であることを踏まえると、持分割合が確定していない準共有状態の株式について、準共有者の一部の者のみに対して売渡請求をすることが、会社法上禁止されているとは考えられません。そのため、裁判所は準共有者一人に対する売渡請求を承認する株主総会の決議は違法でないと判断しました。