(1)株価算定に関する判例
ア 収益還元法がそのまま採用され、15%の非流動性ディスカウントがなされた裁判例
※参考・引用:東京高決平成29年1月26日判例集未登載(ジュリスト1504号2頁の情報を参照)
(ア)事案の概要
Y社の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定するよう請求したところ、Y社が自ら株式を買い取ることを決定し、株主とY社との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
詳細は不明です。
a 会社
詳細は不明です。
b 売主
保有株式数:222株
(エ)当事者の主張
詳細は明らかではありませんが、非流動性ディスカウントを行わず、収益還元法を採用した鑑定に基づき売買価格を算定した原決定に対し、両当事者が抗告をしました。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり342万3228円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
原決定で採用された収益還元法がそのまま採用された外、15%の非流動性ディスカウントがなされました。
理由は以下のとおりです。
① 非上場会社の組織再編の場面で反対株主に付与されている株式買取請求権については、その法的性質が『投資の解約を申し入れる権利』であり、その行使により人的会社の社員の退社ないし企業の部分解散(清算)に伴う残余財産分配請求権と実質的に同視し得る権利を取得するものということができるから、反対株主に対しては持分割合に相当する企業価値の分配を保障するのが本則であり、株式の『公正な価格』を決定する際に非流動性ディスカウントを考慮することは相当でないというべきである。
② これに対し、譲渡制限株式の売買価格の決定は、譲渡制限株式を他人に譲渡しようとする株主又はこれを株主から取得した株式取得者(譲渡等承認請求者)からの譲渡等承認請求及び不承認の場合における会社又は指定買取人による買取請求に対し、会社が譲渡等承認をしない旨決定するとともに、会社自らの買取りの決定又は指定買取人の指定をした場合に問題となるものであって、譲渡等承認請求者が譲渡制限株式であることを前提として任意に取引をしているのが通常であること、譲渡等承認請求につき不承認とされる場合の会社又は指定買取人による買取請求をするか否かも譲渡等承認請求者の選択に委ねられており、不承認の場合に株式を保有し続けることも可能であること、会社法116条1項において、発行済株式につき新たに譲渡制限を設ける旨の定款変更が行われる場合の反対株主に対して『公正な価格』による買取請求権が付与されているのに対し、会社法144条においては『売買価格』の決定と定められていることに照らせば、平成27年最高裁決定(最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁)の射程は会社法144条による譲渡制限株式の売買価格の決定には及ばないと解される。
③ 譲渡制限株式の譲渡に係る承認手続に関する会社法136条以下の規定は、小規模な閉鎖会社における会社経営の安定性の維持と株式売却による株主の投下資本回収の機会の保障との両立を図るものであり、会社法144条による株式の売買価格の決定は、投下資本回収という機能を有する譲渡制限株式の取引の場面で問題となるものであるところ、上場会社の株式と比較して非上場会社の株式の流動性(現金化の即時性・容易性)が低く、これを換金しようとするときには追加的なコストがかかることから、これを株式の評価に際して非流動性ディスカウントとして考慮する取扱いが実務において一般的である。本件鑑定においても、対象会社や株主が期待できる利益やキャッシュフローに基づいて評価を行うインカム・アプローチにおいては、対象会社が上場しているか否かによって企業価値の評価が変わるものではないことから、非流動性ディスカウントを行うべき根拠に乏しいとするものであって、対象会社が非上場会社であることによる株式の流動性の制約が株式の価値に何らかの影響を与えるものであること自体は認めているのである。収益還元法による場合、株式の流動性の低いことが直ちに客観的な企業価値自体の減価につながるものではないから、吸収合併等の際の反対株主による株式買取請求の場面において、非流動性ディスカウントを行うことは許されないけれども、譲渡制限株式の取引の場面では、上場会社の株式と比較して流動性が低くこれを換金しようとするときに追加的コストがかかるものであること、これを前提として当事者間で任意に取引がされているのが通常であることからすると、収益還元法による株式の売買価格の評価を行うときであっても、上記追加的コスト(ないしそのリスク)を株式の評価に反映させることには一定の合理性があると考えられる(前記の実務の運用もこうした考え方を基礎に置くものといえよう。)。
④ 投下資本回収の機会の保障という観点からすると、株式の取得目的の如何により株式の価額に差異が生じるとは考えにくいこと、譲渡等承認請求につき不承認とされる場合の会社又は指定買取人による買取請求をするか否かも譲渡等承認請求者の選択に委ねられていることなどからすれば、本件鑑定において指摘されている「株主は本件株式を売買目的ではなく長期保有を目的として保有していたものである」、「本件株式のY社による買取りにより株主がその立場から意図しない形での離脱を余儀なくされるという面がある一方で、Y社がこれにより株主となるわけではないことなどからすれば、Y社が非上場会社であることは株式の評価に影響しない」という点は、いずれも本件において非流動性ディスカウントを行わない理由付けとしては十分とはいえない。
イ 配当還元方式が採用された裁判例(事件1)と時価純資産方式が採用された裁判例(事件2)
※参考・引用:大阪地決平成27年7月16日金融・商事判例1478号26頁
(ア)事案の概要
トーフレ株式会社(事件1)、有限会社トーフレ企画(事件2)の株主が、会社に対し、第三者へ保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には会社又は会社の指定買取人によって株式を買い取ることを求めたところ、会社が指定買取人による株式の買取りを選択し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
(事件1)トーフレ株式会社は、フレキシブルチューブの製造、販売等を行う非上場の株式会社です。
(事件2)有限会社トーフレ企画は、企業の経営に関する相談及び指導等を目的として設立された特例有限会社ですが、事業活動を全く行っておらず、実質的には、トーフレ株式会社の株式の保有のみを目的とするいわゆる資産管理会社でした。
(事件1)
a 会社
発行済株式総数:19万6000株(うち3万4880株は自己株式)
(b)譲渡承認請求株式数:100株(持分比率0.05%、議決権比率0.06%)。
(b)取得後:2700株(持株比率1.34%、議決権比率1.68%)
発行済株式数:2万3460株
(b)譲渡承認請求株式数:10株(持分比率、議決権比率ともに0.04%)。
(事件1)
a 売主の主張
折衷法(複数の評価方法を一定の折衷割合で採用し、各評価方法による評価額の加重平均値をもって株式の評価額とする方法)により、標準配当還元法を25%、取引事例法と類似会社比較法の平均値を25%、簿価純資産法を50%の各割合で加重平均した評価額である1株当たり1万2996円とすべきである。
b 指定買取人の主張
標準配当還元法を採用し、同法による評価額である1株当たり1958円とすべきである。
本件トーフレ企画株式の評価については、時価純資産法を採用し、同法による評価額である1株当たり2万0951円とすべきである。
b 指定買取人の主張
有限会社トーフレ企画はトーフレ株式会社の株式を保有するだけの法人であり、有限会社トーフレ企画の少数株主は、実質的には、同社の保有するトーフレ株式会社の株式を間接的に保有しているといえるから、有限会社トーフレ企画株式の評価については、時価純資産法を採用し、同法による評価額である1株当たり1058円とすべきである。仮に、有限会社トーフレ企画株式を実体のある法人とみるのであれば、有限会社トーフレ企画の株式の評価については、配当還元法を採用し、同法による評価額である1株当たり78円とすべきである。
(オ)株価に関する決定内容
(事件1)1株当たり2159円とする。
(事件2)1株当たり1298円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
(事件1)
「配当還元方式」が採用されました。理由は以下のとおりです。
① トーフレ株式会社の事業規模が、同じ業界に属する上場会社である大谷工業や業界最大手のテクノフレックスに準ずる程度といえる。また、ここ数年比較的安定した利益を上げており、フレキシブルチューブ業界全体の出荷金額も概ね安定している。
以上のことから、今後の事業継続が困難となるような事情や、近い将来における解散が予想されるような事情は認められない。
② 売買の対象となるトーフレ株式会社の株式数(100株)は、議決権総数の0.06%にすぎず、指定買取人が本件売買後の時点で保有することとなる株式数(2700株)は議決権総数の1.68%にすぎない。しかも、トーフレ株式会社の株式については、現経営陣及びこれと友好的な関係にあると推認できる株主が議決権総数の68.3%を保有しており、これらの株主が近い将来において申立人にトーフレの株式を譲渡することは、にわかに想定し難く、指定買取人は、本件株式の取得により直ちにトーフレ株式会社の経営支配権を得ることができないことはもちろん、他の株主から株式を取得してトーフレの経営支配権を獲得することも現実的には極めて困難な状況にある。
すなわち、売主及び指定買取人がいずれも、配当の取得を主な利益ないし目的とせざるを得ない地位にあり、本件売買は、実質的には、将来の配当に対する期待を売買するのと同視できる。
③ ①②などの事情を総合すると、トーフレ会社の株式の評価については、将来において予測される配当額を現在の価値に引き直して株式価値を算定する配当還元法を採用するのが最も合理的かつ相当というべきである。
(事件2)
「時価純資産方式」が採用されました。理由は以下のとおりです。
① 有限会社トーフレ企画は、事業活動を全く行っておらず、実質的には、トーフレ会社の株式の保有のみを目的とするいわゆる資産管理会社であり、その総資産の大部分はトーフレ株式である。したがって、有限会社トーフレ企画の株主は、実質的には同社の保有するトーフレ株式を間接的に保有しているといえ、有限会社トーフレ企画の株式の価値は、トーフレ株式会社の株式の価値によって決定されるものと考えられる。
② したがって、有限会社トーフレ企画の株式の価値は、トーフレ株式の時価を基準とした時価純資産法によって評価することが相当である。
ウ DCF法、時価純資産法(継続企業を前提とする再調達時価方式)、配当還元法がそれぞれ0.35、0.35、0.3の割合で採用された事例
東京地決平成26年9月26日金融・商事判例1463号44頁
(ア)事案の概要
東京都観光汽船株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合にはY社又はY社の指定買取人によって株式を買い取ることを求めたところ、Y社が指定買取人による株式の買取りを選択し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、明治31年9月に設立された一般旅客定期航路事業(隅田川及び東京湾での水上バスの運行)を主な事業内容とする株式会社であり、その従業員数は、平成24年1月22日当時38名でした。
a 会社
発行済株式総数:123万株(うち1000株は自己株式)
b 売主(2名)
保有株式数:計30万株(持分比率24.39%、議決権比率24.41%)
a 売主の主張
株価算定方式として収益還元方式を選択すべきである。株式の一株当たりの売買価格は1439円である。
b 指定買取人の主張
株式算定方式として配当還元方式を選択すべきであり、複数の株価算定方式を採用する場合、その折衷割合は、配当還元方式、取引事例方式、DCF方式、時価純資 産方式の各方式を7対1対1対1とすべきである。株式の1株当たりの売買価格は90円である。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり693円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
DCF法=0.35
時価純資産法(継続企業を前提とする再調達時価方式)=0.35
配当還元法=0.3
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① Y社は、安定した水準の売上高があり、事業継続性について疑義が生じるような事実は認められず、清算に至るという事態は想定されない。
したがって、株式の評価にあたっては、継続企業を評価する際に用いられる収益方式を第一次的に採るべきである。
② しかしながら、企業規模や事業リスクのある会社の株価の算定方式として、一定の収益や配当が永続することを前提とする収益方式のみによることは相当ではない。
そこで、本件株式の評価にあたっては、収益方式とともに会社の静的価値に着目した評価方法である純資産方式も考慮すべきである。もっとも、事業継続性について疑義が生じるような事実は認められないのであるから、継続企業を前提とする再調達時価方式を採るべきである。
③ 具体的にどの株式評価方式を採用するのが適切か、併用する場合のそれぞれの割合をどのように考えるべきかについては、本来であれば売主と買主の双方の合意あるいは協議により定められるはずの本件株式の売買価格の決定が求められているのであるから、特段の考慮事情がない限りは、売主、買主の双方の立場に立って検討するのが相当である。
④ 指定買取人は、Y社が買取人として指定した法人であるし、その経営陣かつ支配株主から資料の提供を受けて本件事件を遂行していると認められるのであるから、その立場からする株式の評価方式は、支配株主の保有する株式についての評価方式を適用するのが相当である。一般に、支配株主の保有する株式の価値は会社全体の価値を基礎に評価するのが相当であり、②のとおり一定の収益や配当が永続することを前提とする収益方式のみによることは相当ではないことを踏まえると、本件株式の価格は、継続企業としての価値を求める収益方式の一つであるDCF法と、企業の静的価値を求める純資産法を併用し、各方式によって算出された価格を0.5対0.5の割合で加重平均して求めた価格とするのが相当である。
⑤ 他方、売主の保有する株式の議決権比率は合計24.4%であり、支配株主と一般株主の中間的な立場に位置する株主と認められる。したがって、売主の立場からする本件株式の評価方式は、一般株主が保有する株式の評価に適切な評価方法である配当還元法とともに、指定買取人の立場からする本件株式の評価方式であるDCF法及び純資産法を併用すべきであり、各方式によって算出された価格を、配当還元法0.6、DCF法0.2、純資産法0.2の割合で加重平均して求めた価格をもって本件株式の価格とするのが相当である。
⑥ 以上の売主の立場と買主の立場のうち、一方の立場にのみ重点を置くことになれば、相手方を不当に利し、あるいは害することにつながりかねないことから、売主と買主の双方が対等の立場にあることを前提とすべきであり、本件では、売主の立場からの相当な評価方式と買主の立場からの評価方式を1対1で反映させ、DCF法0.35、純資産法0.35、配当還元法0.3の割合で加重平均して求めた価格をもって本件株式の価格とするのが相当である。
エ 配当還元法と収益還元法がそれぞれ0.2、0.8の割合で採用された裁判例
※参考・引用:大阪地決平成25年1月31日判例タイムズ1392号248頁
(ア)事案の概要
大成土地株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合にはY社又はY社の指定買取人によって株式を買い取ることを求めたところ、半分をY社が自ら買い取り、その余の半分を指定買取人が買い取ることを選択し、株主とY社及び指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、不動産賃貸を主たる業とする株式会社です。
a 会社
発行済株式総数:192万株
b 売主
保有株式数:36万2900株(持分比率、議決権比率ともに18.9%)
取得前:47万4780株(持株比率、議決権比率ともに24.73%)
取得後:65万6230株(持株比率34.18%、議決権比率37.75%※18万1450株は自己株式となるため)
a 売主の主張
株式の評価に当たっては、Y社が資産管理会社としての特質を有していること、本件が実質的には同族の有力株主からのY社の資産の分割あるいは精算を求めるものであることから、時価純資産法によって評価すべきである。これによると、株式は1株3149円である。仮に純資産法のみによることが不適切であるとしても、時価純資産法及びDCF法の両方に重きを置いて算定すべきである。株式の売買価格は、1株1903円ないし2326円である。
b 会社の主張
時価純資産法は、一時点における会社の純資産を基礎に株価を評価するものであり、会社の存続を前提としない清算価値を表すものであるから、事業継続中の会社の株価評価には不適切である。他方、DCF法は、会社が将来の一定期間において取得するであろうキャッシュフローを予測し、これを一定の投資利益率で割り引くことによって、当該会社の現在価値を求める方法である。事業継続中の会社の株主は会社が今後も事業を継続し、将来にわたって会社から剰余金配当を受けることを目的として株式を保有しているから、将来の収益力や事業計画を反映できるDCF法の方が事業継続中の会社の株価評価には適している。Y社は、不動産賃貸業を営んでおり、解散が予定されている事実もないのであるから、本件においては、DCF法によるべきである。これによれば、株式の売買価格は、1株1903円ないし2326円となる。
c 指定買取人の主張
DCF法は、将来会社が獲得すると期待されるキャッシュフローを一定の割引率で現在価値に割り引くことによって企業価値を算定する方法であり、一般に将来の収益獲得能力を反映させた価値評価方法として最も理論的であるとされており、継続企業価値を算定するのに適している。本件においてY社は、継続企業として将来継続的に一定の収益を獲得することが期待されている。さらに、不動産賃貸業を主たる事業としており、その収支予測は比較的容易であるといえ、DCF法の問題点であるフリーキャッシュフローの予測の確実性も高い。他方、時価純資産法は、会社の有する資産から負債の額を控除した純資産を基準に評価する方法であるが、DCF法と異なり、解散時の分配価値を示すものであり、事業を継続している企業の株式価値を算定する方法としては相応しくない。したがって、継続企業であるY社の株式価値を算定するにあたっては、DCF法が最も妥当といえる。これによれば、株式は1株2067円となる。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり2460円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
配当還元法=0.2
収益還元法=0.8
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① 売主の持株比率(18.9%)からすると、経営権を握っているとはいえず、少数株主として配当を受け取ることが主な経済的な価値であり、株式の評価は配当還元法にウェイトをおくのが一般的である。
② 他の株主の状況を見ると、各株主とも決定的な支配権を保有しているといえるほどの持株比率ではない。議案によっては売主が他のグループと協調して議案の賛否を左右する可能性を残す程度である。また、売主の代表取締役がかつてY社の役員であったという事実もある。
以上からすると、売主をある程度経営に影響力がある株主として評価すべきである。
③ Y社の株式は、実質的には5者に分散して保有されており、Y社を支配するためには、他の親族グループと協力関係を築かなければならない状態にあるといえる。売主は、他の親族グループとの協力関係を築いてY社の支配を獲得する可能性があるだけでなく、Y社の支配を望む他の親族グループにとって、無視できない存在である。
そうすると、申立人の保有割合自体が過半数に達していなくとも、申立人が経営に影響を与える可能性がないとはいえず、支配株としての側面を否定することはできないとみるべきである。
よって、鑑定の加重平均割合が合理性を欠くものではない。
オ DCF法と純資産価額法がそれぞれ0.3、0.7の割合で採用された裁判例
※参考・引用:福岡高決平成21年5月15日金融・商事判例1320号20頁
(ア)事案の概要
株式会社ホスピカ(以下「Y社」といいます。)の株主は株式を譲渡しました。ところが、Y社が譲渡を承認せずに買取人を指定したため、譲受人名義の株式を指定買取人が買い取ることとなりました。そこで、譲受人と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、訪問介護、通所介護等を目的として設立された会社です。
a 会社
発行済株式総数:200株
b 売主
保有株式数:90株
a 売主の主張
株式の価格については、指定買取人が発行会社に対し支配力を有する上場企業である(換言すれば、ホスピカは指定買取人の子会社である。)ことに鑑みれば、指定買取人が自ら算定した価格と推認すべき国税庁方式と呼ばれる類似業種比準価額法による算定価格90万2100円とすることが最も公正かつ適正と考えられる。
b 指定買取人の主張
売主は、原決定が株式の売買価格の算定について類似業種比準価額法によらなかったことを非難するが、原決定は、非上場の取引相場のない株式を算定する方法を複数掲げ、各方法の採否に当たって考慮すべき事情を詳細に摘示したうえで、本件を総合的に判断して、1株の判断を7万5000円と決定するに至っているのであって、その手法及び判断の根拠とする理由も極めて妥当である。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり10万3261円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
DCF法=0.3
純資産価額法=0.7
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① Y社は、介護事業を目的とする会社であるところ、同社と類似する適切な会社を上場企業の中から見い出すことはできない。
② Y社は、介護事業を営むことを目的とする会社であり、急増する高齢者と高齢者社会の到来とともに、今後介護を必要とする人の数は確実に増加することが見込まれるから、今後の営業継続には特に問題はなく、指定買取人においても、既にY社に対し支配権を有しているから、株式の追加取得によY社をほぼ完全子会社とすることができ、指定買取人の企業集団経営にあって、その有用性は高まりこそすれ低くなることは考えられないから、近い将来における解散等清算を余儀なくされる事態は予想されないといってよい。そうとすれば、株式価格の算定に当たっては、インカムアプローチの手法を重視する必要があるといわなければならない。
しかしながら、同じくインカムアプローチとはいっても、本件では配当実績がないので配当還元法は採用し難い。DCF法は、継続企業価値の把握という面では正しいものを含んでいることは明らかであって、本件株価の算定にあたって、これを全面的に無視することは許されないといわなければならないが、当該事業収支計画の予測(課税後純利益の予測)や投資利益率(割引率)の決定には困難が伴うというマイナス要因があり、無条件に採用することには慎重さないし相応の考慮が必要である。
③ DCF法による算定結果に上記のとおりの問題点がある以上、残された評価方法である、ネットアセットアプローチを必然的に考慮しなければならない。上記アプローチは、貸借対照表記載の純資産に着目して価値を評価するもの、すなわち、特定の一時点における個々の資産価値に基礎を置く静的な評価方法であって、一般には、会社が近い将来解散する可能性が高いなどの特段の事情のない限り採用すべきではないとはいわれるものの、一口に高齢化社会の到来といっても介護事業のあり様はさまざまであるうえ、介護保険制度の見直し等によっては必ずしも楽観視できない状況等に鑑みると、当該時点において、客観的資料である貸借対照表上の純資産に着目して、会社価値を算定することは無意味でないし、他の評価方式に依存することに少なくない危険性が認められる場合には、むしろ、同方法を基本にして算定するのが相当であるといわなければならない。
カ DCF法とゴードン・モデル法がそれぞれ0.5、0.5の割合で採用された裁判例
※参考・引用:広島地決平成21年4月22日金融・商事判例1320号49頁
(ア)事案の概要
ミカサ・ホールディング及びシオザイム(以下、両社を併せて「譲受人ら」といいます。)は、株式会社ミカサの株式を譲渡により取得したことから譲渡承認請求をしたところ、株式会社ミカサ(以下「Y社」といいます。)は一部を自ら買い取り、その余を指定買取人が買い取ることを決定しました。そこで、譲受人らと株式会社ミカサ及び指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、主に、競技用ボール、スポーツ用品及び造船、製鉄、ポンプ業界向け工業用ゴム製品の製造及び販売を行う株式会社です。
資本金の額は1億2000万円、株主資本は70億6336万6247円であり、総資産として119億9174万1553円を有しています。
Y社の売上高は、直近3期では、59億3688万2956円(平成16年11月期)、58億0609万4512円(平成17年11月期)及び60億3376万8033円(平成18年11月期)であって、ほぼ60億円前後で推移しています。
また、日本国内では、東京及び大阪の2か所に支店を設置し、その他にも、札幌、名古屋及び福岡など5か所に営業所を設けている。また、工場も2か所にある。海外においても、アメリカ合衆国(1社)、スイス連邦(1社)及びタイ王国(2社)の3か国に合計4の子会社を持ち、北米、欧州及びアジア地域をはじめとして、全世界において事業活動を展開しています。
a 会社
発行済株式総数:240万株
b 売主(譲受人ら)
保有株式数:38万1220株(持分比率15.88%、議決権比率26.17%)
a 売主(譲受人ら)の主張
DCF法と純資産方式を50:50の割合で加重平均した額である4921円以上
b 指定買取人の主張
DCF法とゴードン・モデル方式でそれぞれ計算した額の平均である1375円。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり1375円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
DCF法=0.5
ゴードン・モデル法=0.5
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① Y社が相応の規模を有する企業であって、容易に清算することができない継続企業であることは明らかであり、継続企業としての価値の評価に相応しい評価方法は、収益方式の代表的手法であるDCF方式ということができる。
② 配当還元方式については継続企業の価値を評価する方法の1つであるが、同方式が配当の状況及び配当政策の影響を受けやすいこと(すなわち、多額の欠損が生じているために当面において配当できない企業、配当が見込めない成長企業については株主価値の計算が困難であり、また、配当が低位安定しているような企業は過小評価しやすいこと)に配慮すべきものと解されている。
もっとも、Y社は、直近の決算期3年度において株主に対して1株当たり17円50銭から20円の割合で配当を実施しており、株主配当額の平均額は約430万円であること、Y社の直近の決算期3年度の配当性向(配当で支払う金額を当期利益で除したものを百分率で示したもの)は16.4パーセントであり、平成15年度から平成19年度における国内取引所に上場している全銘柄の配当性向に照らしても特に不合理とは考えられないことに照らせば、ゴードン・モデル方式を採用することについて、特段、支障はないものと考えられる。
③ 本件において、いずれの方式を採用するのが適切か、又は両方法を採用した上で総合評価とすべきか、その際の折衷割合をどうすべきかが問題となる。
もとより、株式価格の評価に当たって、総合評価とするか、その場合における折衷割合をどのようにするかについて定まった方法は確立されていないところであり、結局は、事案に応じて取捨選択するほかないものの、株式の売買を相対で行う場合には、通常は、いずれか一方の交渉力が他方を上回るのが一般的であるが、本件は、会社法の規定により株式の買取価格を決定するものであるから、双方対等の立場で評価すベきものであると解される。
売主と買主を双方対等の立場にあることを前提として、売主の立場からの相当な評価方式と買主の立場からの評価方式を1対1で評価価格に反映させるのが相当である。そうすると、本件では、DCF方式とゴードン・モデル方式を1:1で折衷する方式をとるべきこととなる。
キ 収益還元法が採用された裁判例
※参考・引用:東京高決平成20年4月4日判例タイムズ1284号273頁
(ア)事案の概要
テレネット・ジェイアール株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合にはY社又はY社の指定買取人によって株式を買い取ることを求めたところ、Y社が指定買取人による株式の買取りを選択し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、デジタルコンテンツ配信事業を営む株式会社です。
a 会社
発行済株式総数:6000株
b 売主
保有株式数:2400株(持分比率、議決権比率ともに40%)
c 指定買取人
取得前:3600株(持株比率、議決権比率ともに60%)
取得後:6000株(持株比率、議決権比率ともに100%)
a 売主の主張
取引事例法、収益還元法及び類似会社比較法を併用し、それぞれの評価額を加重平均すると、株式の価格は1株当たり3万9970円となると原審で主張した。抗告審では、収益還元法のみを採用した原決定の枠組みを前提に、収益還元法の算定基礎とする事情について主張し、申立ての趣旨としては1株当たり2万5000円とした。
b 指定買取人の主張
本件株式の評価に当たっては、評価に客観性・確実性が必要であること、評価に将来の利益やキャッシュフローを反映させる必要があること、他の株主が経常支配権を有していることなどから、評価の安定性を確保するために、純資産方式、収益還元方式、配当還元方式による折衷法により算定することが適切である。そして、会社における将来利益の見積もりが困難であること、過去に配当実績がないことから、収益還元方式及び配当還元方式を用いる割合は相対的に下げなければならない。これらを総合考慮の上、純資産方式70%、収益還元方式20%、配当還元方式10%として折衷割合で評価し、株式の価格は1株6572円である。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり1万2929円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
「収益還元法」が採用されました。理由は以下のとおりです。
① Y社においては、指定買取人が過半数の3600株の株式を有し、経営権を有している。他方、売却株式は2400株で発行済株式総数の40パーセントに当たり、その株主は株主総会の特別決議を拒否できるから、Y社の経営に一定程度の影響を及ぼすことができ、しかも、売主から指定買取人に株式が移動することによって、指定買取人はY社を完全に支配することができることになる。したがって、経営権の移動に準じて取り扱い、この場合に用いられる評価方式である純資産方式、収益還元方式を検討すべきである。
② Y社は創業してさほど年月が経過しておらず資産に含み益がある不動産等は存在せず帳簿価格を修正する事情は見当たらないこと、ベンチャー企業として成長力が大きく売上は順調に推移しておりその後も同程度の利益が確実に見込まれるものであることを考慮すると、純資産方式を採用すると株式価値を過小に評価するおそれがあり、純資産方式は併用することを含め採用するのは相当ではなく、収益還元方式によって評価するのが相当である。
③ 指定買取人は本件売買の結果全株式を取得するに過ぎないものであり、指定買取人が全株式を取得することは純資産方式を相当とすべき理由にはならない。
ク 配当還元法、再調達時価純資産法、DCF法がそれぞれ0.25、0.25、0.5の割合で採用された裁判例
※参考・引用:札幌高決平成17年4月26日判例タイムズ1216号272頁
(ア)事案の概要
株式会社Y(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合にはY社の指定買取人によって株式を買い取ることを求めたところ、Y社が自ら株式を買い取ることを決定し、株主とY社との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社の事業としては、酸素ガス製造のほか、溶解アセチレンガス、窒素ガス等の高圧ガスを中心とした製造販売等を行っている。札幌市豊平区に本社があり、道内に6か所の事業所、4か所の工場を持っています。
a 会社
発行済株式数:16万株
b 売主
保有株式数:1万0500株(持分比率、議決権比率ともに6.56%)
a 売主の主張
株式の価格は1株1万498円である。
b 会社の主張
少数非支配株式の価格決定の事案については、配当還元方式を原則とすることが実務的に確定しており、本件において純資産方式や収益方式を併用することが許されるとしても、その組合せ比率については配当還元方式を6、純資産方式及び収益方式を各2とするなど、配当還元方式に重きをおくべきである。株式の価格は1株3370円である。
仮に、本件株式の売手の残余財産分配請求権を反映させるものとして純資産方式を採用するのであれば、純資産の算定は会社財産の清算価値によるべきである。
(オ)株価に関する決定内容
株式1万500株の売買価格を1億0906万3500円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
配当還元法=0.25
再調達時価純資産法=0.25
DCF法=0.5
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① 本件のように、株式会社が自らを株式の買取人として指定した事案において、その株式会社は自己株式の取得により当該株式についての配当を免れる立場にあり、将来配当利益を受けることを目的として自己株式を取得するということはあり得ないから、株式の価格決定に際し、株主が将来受けるであろう配当利益を基礎とする配当還元方式に重きを置くことはできない。
② 本件株式の買手であるY社の立場からすれば、本件株式の取得により配当を免れた利益を内部に留保し得るだけでなく、これを活用して更なる利益を直接に受けることもできるのであるから、収益方式を基準として本件株式の価格を評価するのが合理的であるといわなければならない。
③ 他方、売手である相手方(※本件の売主を指す。)の立場からすれば、もともと株式を保有していても、配当利益と、万が一Y社が清算段階に至った場合には残余財産の分配を受け得るにすぎないから、配当方式と純資産方式を基準として株式の価格を評価するのが合理的であるといえる。そして、Y社がこれまで高い利益率を確保しながら、利益配当を定額に抑えてきたことなどを考慮すれば、売手である相手方の立場からする株式の価格の評価は、配当還元法による配当方式と純資産方式の中間値を採用するのが相当である。
買手の立場からの評価と売手の立場からの評価のいずれかを重視するのが相当であるといえるような事情が見当たらないことからすれば、「配当方式:純資産方式:収益方式=0.25:0.25:0.5」の割合で組み合わせる併用方式によりその価格を定めるべきものと判断される。
④ Y社のように、近い将来における会社の清算を予測させる事情のない、いわゆる継続企業の純資産を評価するに当たり、会社の清算を前提とする評価方法を用いるのは妥当でなく、再調達時価純資産法を用いるのが相当と判断される。
ケ 配当還元法と時価純資産法がそれぞれ0.5、0.5の割合で採用された裁判例
※参考・引用:千葉地決平成3年9月26日判例タイムズ773号246頁
(ア)事案の概要
航空集配サービス株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定するよう請求したところ、Y社が自ら株式を買い取ることを決定し、株主とY社との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、空港関係の貨物運送業を営む株式会社です。
a 会社
発行済株式総数:10万4000株
b 売主
保有株式数:1万400株(持分比率、議決権比率ともに10%)
a 売主の主張株式の買取価格決定に当たっては、Y社の業績は順調に推移しており、近い将来において解散は予想されないから、清算価値ではなく、再調達時価に基づく純資産価額方式によるべきである。1株当たりの価額は7735円又は9532円となる。
b 会社の主張
株式の買取価額は純資産価額方式によるのが相当である。Y社の株式の評価額は2603円を1株の評価額とすべきである。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり5066円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
配当還元法=0.5
時価純資産法=0.5
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① Y社の利益配当率は直近の3年間で一定しているので、Y社の業績が年々伸長している事実をもあわせ考えると、将来においても同様の配当率を維持できる公算が高い。
したがって、配当還元方式に適する場合であると考えられるが、売却株式数が発行済株式総数の10%に相当することから、譲受人において会社の役員として経営に参加できる可能性もあり、その場合に得られる役員報酬は年額78万円の株式配当金より相当多額となることを考慮すると、配当のみを期待する一般投資家の場合とはやや異なる面がある。
したがって、配当還元方式のみによって本件株式の売買代金を決定することは、適当ではない。
② 発行済株式総数に対する割合から会社経営に参加できる可能性がないではないとしても、10%では経営支配株主とはなり得ない場合であり、収益還元方式に適する場合ではない。
③ 純資産価額方式は、株式の客観的価値を算定する方法として一定の合理性をもち、買取価額の決定は会社の資産状態その他一切の事情を斟酌して決定すべきものとされることからも、買取価格の決定に当たり第一に考慮されるべき方式であるといえる。
そして、Y社のように資産として土地を保有し、土地の簿価と時価の乖離が著しい場合には、簿価によって資産の価額を算定するのは相当ではないから、簿価純資産価額方式ではなく時価純資産価額方式が適当である。
また、時価純資産価額方式による場合にも、事業継続を前提とする評価であるから、会社の解散を想定して全資産を換価した額から清算所得に対する法人税を控除した額に基づく残余財産分配額によるのは相当ではなく、全資産の評価時点における市場価額によるのが相当である。
④ 譲渡制限株の買取価額は、売主が現実に手にすることができたであろう売買代金に代わるものであるから、買取価額の決定に当たっては、株式の譲渡が請求どおり承認された場合に売主が手にすることができたであろう売買代金額を考慮することが必要である。
しかしながら、本件において売主が譲渡の相手方に売り渡した場合の代金額は明らかではないし、売主が本件株式の純資産価値で売却できた可能性を認めるに足りる資料もなく、更にY社が近い将来解散して株式の解散価値を現実化する可能性も乏しい。そして、株式の所有によって売主が現実に得た経済的利益は配当金及び役員報酬である。
このような事情を総合すれば、本件買取代金額は、売主が支払を受けた役員報酬をも配当金の変形とみなした上で、配当還元方式による株式価格と純資産価額方式による株式価格の平均値をもって買取代金額と定めるのが相当である。
コ 配当還元法と時価純資産法がそれぞれ0.7、0.3の割合で採用された裁判例
※参考・引用:東京高決平成2年6月15日金融・商事判例853号30頁
(ア)事案の概要
株式会社緑測器(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定するよう請求したところ、Y社が自ら株式を買い取ることを決定し、株主とY社との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、電気計器並びに測定器の製造販売等を営む株式会社です。
従業員は100名であり、製品は日立製作所、三菱電機、東京芝浦電気、日本電気、北辰電機製作所、島津製作所、防衛庁、工業技術院等に販売するほか海外へ輸出もしています。
a 会社
発行済株式総数:18万4800株
b 売主
保有株式数:300株(持分比率、議決権比率ともに0.16%)
a 売主の主張
株式の価格の算定は、類似会社比準方式又は純資産方式若しくは両者の折衷方式によるのが妥当である。1株当たりの価格は2664円である。
b 会社の主張
配当還元方式と簿価純資産方式の折衷方式である1220円と売買実測における取引価格700円の両者を考慮し、その平均値である960円とするのが相当である。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり1359円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
配当還元法=0.7
時価純資産法=0.3
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① 配当還元方式は、売買当事者が配当のみを期待する一般投資家である場合には、最も合理的な算定方式であるとされているのであるから、本件においても、基本的には、この方式によるのが相当というべき。
② しかしながら、株式の価格の算定にあたっては、株式が配当をもたらすものであると同時に、株式が会社の資産を化体したものとの見方に立って算定することが妥当であるから、この配当還元方式とともに時価純資産方式(時価純資産方式のうち処分価格による時価純資産方式によるのが相当である。)をも加味して株式の価格を算定することが相当である。
もっとも、この処分価格による時価純資産方式は、事業が継続しているにもかかわらず、会社が解散して清算したと仮定して会社の資産を時価で評価するものであるから、これのみで株式の価格を算定すべきものではなく、配当還元方式の修正要素として適用すべきものである(市場における株式の価格も、単に配当の額によってでなく、含み資産等を含めた当該企業の資産内容によっても左右されるものであることは、公知の事実である。)。
サ 配当還元法、簿価純資産法、収益還元法がそれぞれ0.6、0.2、0.2の割合で採用された裁判例
※参考・引用:東京高決平成元年5月23日判例タイムズ731号220頁
(ア)事案の概要
サンイーグル装身具株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定することを請求したところ、Y社が買取人を指定し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、洋装雑貨の販売を目的とする株式会社です。
a 会社
発行済株式総数:21万株
b 売主
保有株式数:1万9000株(持分比率、議決権比率ともに約9.05%)
a 売主の主張
純資産価額方式及び類似会社比準方式を採用すべきである。
b 会社の主張
配当還元方式を採用すべきである。1株当たりの価格は657円である。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり2775円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
配当還元法=0.6
簿価純資産法=0.2
収益還元法=0.2
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① Y社は、経営は順調で今後の営業継続に特に問題はなく、近い将来における解散は予想されず、また、指定買取人が株式の取得によりY社の経営を支配することはできないことが明らかであり、配当金の取得を主たる利益ないし目的とせざるを得ないことから、基本的には配当還元方式を採用するのが相当である。
② しかしながら、配当還元方式を採用するに当たっては、将来の一株当たりの配当額を的確に算出することは甚だ困難であり、結局は過去の配当額に依拠せざるを得ず、必ずしも正確性は期し難い。Y社においては、資産額の増加状況からすると、収益の相当割合を社内に留保して資産を増加させることに重点がおかれ、配当額が比較的低く押さえられてきたことがうかがわれる。しかも、配当額は直接的・最終的には支配株主の意思により決定されるが、殊にY社のように同族会社的色彩が濃厚で少数者による支配が確立している会社では、配当額の決定は経営担当者や支配株主の経営政策に依拠するところが多く、それ自体不確定要素の高いものである。
他方、支配株主が全く恣意的に配当額を定めることは、会社経営の継続を前提とする以上許されず、会社の資産、収益の内容、程度を勘案せざるをえないし、支配株主の意思も不変ではないから、過去の配当額に多くを依拠する配当還元方式のみによることは不十分であり、純資産価額方式及び収益還元方式をも併用するのが相当である。
③ 更に、株式譲渡の不承認及び譲渡の相手の指定は、当該会社が自己に不利益な株主を排斥するために認められた手段であり、その半面、当該会社の利益のためその限度で株主の株式譲渡の自由に制限を加えるものである。したがって、そのため譲渡人に対し、自由に譲渡した場合に比して不利益を与えることを避けなければならない。株式を自由譲渡するに当たっては、譲受人の意思がその価格の決定に大きく影響するところ、本件株式数は少数株主権の行使を可能とするものであり、Y社が売主からの譲渡予定者を忌避したことは譲渡予定者が単に配当利益の取得のみに関心を抱くものではないこと、またY社代表取締役が将来において株式を取得する可能性が少なくはないことが推認される。
④ 以上の事情を斟酌すると、3方式併用の割合は配当還元方式を6、簿価純資産方式を2、収益還元方式を2とするのが相当である。
シ ゴードン・モデル式が採用された裁判例
※参考・引用:大阪高決平成元年3月28日判例タイムズ712号229頁
株式会社ダスキン(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定することを請求したところ、Y社が買取人を指定し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、清掃業を中心に営む株式会社です。
a 会社
発行済株式総数:約340万6181株と推測される(判文上不詳ですが売主の持株比率から推則)。
b 売主
三名合計1万8734株(0.55%)
a 売主の主張
Y社が上場基準を立派に満す資本金、年間売上高、株主数なる大会社であり、先行投資の資金需要からも上場の可能性が高いため、株式購入者は予想上場価格を基礎に購入意図をもつこととなるから、価格決定方式については、類似会社比準方式又は類似業種比準方式としての相続税財産評価に関する基本通達による方式(以下「国税庁方式」という)が最適である。1株当たりの価格は1万3580円である。
仮にゴードン・モデル式によるにしても、株価は1万5268円となる。
因みに、通常使われる折衷(併用)方式により、国税庁方式(50%減価)、収益還元方式、純資産方式、ゴードン・モデル式の単純平均しても1万0303円となる。
b 指定買取人の主張
ゴードン・モデル式を採用すべきである。1株当たりの価格は2754円である。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり4687円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
「ゴードン・モデル式」が採用されました。理由は以下のとおりです。
① 継続企業は経済的に収益力により成長活動をなす側面と、土地等資産を所有する側面に分かれ、株式の化体する株主権も右に対応して利益配当請求権と残余財産分配請求権に分かれるところ、後記の特段の事情のない限り、一般少数非支配株主が会社から受ける財産的利益は利益配当(特段の事情あるときは会社の純資産価値)のみであり、将来の利益配当に対する期待が一般株主にとっての投資対象と解される。したがって、少くとも会社の経営支配力を有しない(買主にとって)株式の評価は将来の配当利益を株価決定の原則的要素となすべきものというべきである。
他方、現在及び将来の配当金の決定が多数者の配当政策に偏ってなされるおそれがないこともなく、配当利益により算出される株価が一株当りの会社資産の解体価値に満たないこともありうるので、多数者と少数者の利害を調整して公正を期するため、解体価値に基づき算出される株式価格は株価の最低限を画する意義を有するというべく、また、収益力を欠くとき、将来の配当金の予測ができないとき、又は近く、会社の解散・清算、企業ないしは遊休資産の売却の可能性が認められるとき、会社が協同組合的実態を有するときなど特段の事情のある場合は二次的に会社の資産価値(解体価値又は企業価値)を算定要素として使用又は併用すべき場合があるというべきである。
② 類似業種比準方式としての国税庁長官通達(昭和三九年四月二五日直資五六)による方式(以下「国税庁方式」という)が守永鑑定において採用されている。しかしながら、同基本通達は大量発生する課税対象に対し国家が迅速に対応すべき目的で課税技術上の観点から考案された方式で、国家と国民の公権力の行使関係を律する基準であって、本件のように私人間の具体的個別的利害対立下で公正適正な経済的利益を当事者に享受させようとする商法204条の4、2項の理念とは異なるものであるのみならず、標本会社の公表がなく類似性の検証が不可能であり、利益の成長要素が考慮されず、減価率の合理性が疑わしいため、本件のような譲渡制限株式の売買価格決定の単純又は併用方式における根拠方式となすことは適当でないという外ない。
③ 収益還元方式については、将来各期に期待される一株当り課税後純利益を資本化率で還元する方式であるが、同方式の純利益のなかには内部留保として新たな設備投資などにつぎこまれ、株主に対し直接経済的利益をもたらさないものが含まれている点、河本鑑定によれば同方式の資本化率が相当でないとされる点など疑問があり少なくとも配当政策等企業経営を自由になしえない本件のような非支配株主の株価算定には適当でない。
④ 純資産価額方式については、広瀬鑑定が時価純資産方式を併用しているが、本件において会社の資産価値を算定要素として斟酌すべき前示特段の事情は認められないので、直ちにとりがたく、ただ、株価の最下限値を確認するためを除き、採用すべき理論的根拠に乏しいという外ない。
⑤ 以上の次第で、本件においては将来の配当利益を算定基礎として評価する方法が最適というべきであって、配当還元方式は企業の成長予測が反映されず単純に過ぎ採用できず、結局利益及び配当の増加傾向を予測するゴードン・モデル式によるのが適当というべきである。
ス 純資産価額方式が採用された裁判例
※参考・引用:青森地決昭和62年6月3日判例時報1272号138頁
(ア)事案の概要
青森食肉荷受株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定することを請求したところ、Y社が買取人を指定し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
a 会社
発行済株式総数:18万株
b 売主
保有株式数:3万0575株(持分比率、議決権比率ともに16.97%)
a 売主の主張
売買価格は、1株につき1000円を下らない。
b 指定買取人の主張
詳細は不明です。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり1095円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
「純資産価額方式」が採用されました。理由は以下のとおりです。
① 株式の評価方法については、(1)純資産価額方式、(2)配当還元方式、(3)類似会社業種比準価額方式の各方式が考えられる。
② 株式の評価をする場合、株式に包含される権利として利益配当請求権、残余財産分配請求権、議決権などがあるが、利益配当請求権は将来の営業利益に左右され、これは又、市況、経営者及び労働者の能力等にかかわるものであって不確定な要素が多く、これをもって株式の評価額を決定することは困難かつ確実性に欠けること、議決権は共益権であり財産的評価に馴染まないことから右権利をもって評価の対象とすることは相当ではないこと、残余財産分配請求権については一定時点において会社に帰属する財産(正味財産)の評価であるからその範囲が明確である以上は評価可能であり、その評価は純資産価額方式によって評価するのが最良である。
③ Y社は昭和53年以降株主に配当をしていない無配会社であることが認められ、無配会社については配当還元方式による株式の評価は適切ではない。
④ Y社の特殊性から同種会社を抽出することは容易でなく、類似会社業種比準価額方式によることも困難である。
セ 収益還元法と再調達時価純資産法がそれぞれ0.5、0.5の割合で採用された裁判例
※参考・引用:東京高決昭和51年12月24日東京高等裁判所判決時報民事27巻12号305頁
(ア)事案の概要
宏和工業株式会社(以下「Y社」といいます。)の株主が、Y社に対し、第三者への保有株式の譲渡を承認すること、承認をしない場合には譲渡の相手方を指定することを請求したところ、Y社が買取人を指定し、株主と指定買取人との間で株価の評価が争われた事件です。
(イ)会社の情報
Y社は、輸送用機器のオイルフィルターおよびエアクリーナー(エレメント)を製造している株式会社です。
a 会社
発行済株式総数:3万株
b 売主
保有株式数:9000株(持分比率、議決権比率ともに30%)
a 売主の主張
詳細は不明です。
b 会社の主張
株式価格の決定基準としては、収益還元法によるべきであり、仮に純資産法を併用するとしても、その考慮率は50%ではなく、極めて例外的に考慮すべきであり、また資産評価の方法は清算価値ないし処分可能価値によるべきである。株式の価格を1株につき金647円と定める。
(オ)株価に関する決定内容
1株当たり1410円とする。
(カ)採用された株価の算定方法及び採用の理由
収益還元法=0.5
再調達時価純資産法=0.5
の割合で評価することとされました。理由は以下のとおりです。
① Y社は、全く配当が実施されておらず、近時業績が好転したとはいえ配当の予測は困難であり、また、売買当事者が一般投資家でないことからいって、株式の評価にあたって、配当還元方式を採ることは相当でない。
② 同会社の業態では適切な類似会社を選定することが困難であることから、類似会社比準方式を採用することもできない。
③ さらに、本件は、事業継続を前提とする株式の評価をするものであるので、特段の事情のない限り、単純に時価純資産方式によることは相当でなく、また、昭和49年3月31日までの業績は悪く繰越欠損金が多額であるが、最近の業績は著しく改善されているので、簿価純資産方式によることも相当でない。
④ 最後に、収益還元方式についてであるが、本件の株式の評価は、売買当事者が経営支配を目的としており、配当額よりも企業利益そのものに関心をもっているといえるので、この方式は本件株式の評価に適するものと考えられる。もっとも、本件の株式売買の場合、指定買取人は売主から株式を取得することにより全株式を取得することになり、一切の企業収益は勿論、会社財産も指定買取人に帰属することになるので、このような場合、前述の収益還元方式だけによるのは妥当を欠き、この方式のほかに、会社財産の実質的取得の側面から時価純資産方式にも相当程度のウエイトを置き、これを複合して適用するのが適切である。そして時価純資産方式の採用にあたっては、最近の業績は著しく改善されていることから、解散を前提とする処分可能価格によるのでなく、最有効利用を前提とした再調達価格によるのが相当といえる。
⑤ 鑑定人の鑑定は、本件株式の価格の評価について、収益還元方式と時価純資産方式とを複合し、これを同等の比重で適用して一株あたりの評価額を金1410円と算定しているものであり、これは相当である。
(2)要件に関する判例・裁判例
ア 会社の承認のない譲渡制限株式の譲渡について、譲渡人と譲受人の関係において、株式の譲渡は有効であるとした判例
※参考・引用:最判昭和48年6月15日 最高裁判所民事判例集27巻6号700頁
(ア)事案の概要
A社の代表取締役であるX(原告)は、A社の原材料の仕入れ先であるY株式会社(被告)に対するA社の債務の支払いを確保するために、Xとその家族が保有するA社株式38万7500株に相当するA社株券434枚をY社に交付しました。A社の株式は取締役会の承認の必要であると定款で定められている譲渡制限株式でしたが、譲渡についてA社の取締役会の承認はありませんでした。そのため、Xは株式の譲渡の無効を主張しました。
(イ)判決の概要
株式の譲渡制限の趣旨を「もっぱら会社にとって好ましくない者が株主となることを防止することにある」とした上で、本来、株式の譲渡は自由であるべきことを踏まえると、「取締役会の承認をえずになされた株式の譲渡は、会社に対する関係では効力を生じないが、譲渡当事者間においては有効であると解するのが相当である。」と裁判所は判断しました。
イ 会社の承認のない譲渡制限株式の譲渡について、会社に対しては、譲渡が有効であるとして、株主の地位を譲受人が主張することができないとした判例
最判昭和63年3月15日 最高裁判所裁判集民事153号553頁
(ア)事案の概要
Y社(被告)は定款で、株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨を定めていました。Y社の株主であるX(原告)の保有していた株式1万3082株は競売にかけられ、A社が競落し、取得しました。
ところが、XもA社も会社に対して、株式譲渡の承認請求を行わなかったため、Y社の株主名簿には、Xが記載されたままでした。
そこで、Xが株主権を行使したところ、Y社がこれを拒んだため、Xは自分がY社の株主であることの確認を求め、訴訟を提起しました。
(イ)判決の概要
譲渡制限のある株式について、株主総会や取締役の承認のない譲渡は、会社に対する関係では効力を生じません。そのため、会社は「譲渡人を株主として取り扱う義務があるものというべきであり、その反面として、譲渡人は、会社に対してはなお株主の地位を有するものというべきである。」として、XがY社の株主であることを確認しました。
ウ 会社の承認のない譲渡制限株式の譲渡について、例外的に会社に対しても有効であることを主張できるとした判例
最判平成9年3月27日 最高裁判所民事判例集51巻3号1628頁
(ア)事案の概要
有限会社Aの社員は、B、X及びYの3名であったところ、XはA社の社員でない者に持分を譲渡しました。有限会社法(現在は廃止)19条2項は、有限会社の持分を社員でない者に譲渡する際には、社員総会の同意が必要である旨定めていましたが、XはA社の社員総会の承認なく、持分を譲渡してしまいました。もっとも、その際、A社の残りの社員であるB及びYがXの譲渡について承認していたので、譲渡の効力が問題となりました。
(イ)判決の概要
裁判所は、「有限会社法19条2項が、社員がその持分を社員でない者に譲渡しようとする場合に社員総会の承認を要するものと規定している趣旨は、専ら会社にとって好ましくない者が社員となることを防止し、もって譲渡人以外の社員の利益を保護するところにあると解されるから、有限会社の社員がその持分を社員でない者に対して譲渡した場合において、右譲渡人以外の社員全員がこれを承認していたときは、右譲渡は、社員総会の承認がなくても、譲渡当事者以外の者に対する関係においても有効と解するのが相当である。」と判示しました。
判決①の通り、株式の譲渡制限の趣旨はもっぱら会社(株主)にとって好ましくない者が株主となることを防止することにあります。そのため、有限会社法19条2項の趣旨と同じであることから、株式会社の譲渡制限株式においても、同様に考えられます。株式会社において考えた場合には、すべての株主が承認していれば、株主総会の承認なく、譲渡制限株式を譲渡しても、その効力は会社に対しても有効であると考えられます。
エ 譲渡制限株式を信託財産とした遺言信託について、遺言信託は一般承継にあたらないため、会社の承認が必要とした判例
東京高判平成28年10月19日 判例時報2325号41頁
(ア)事案の概要
Y社(被告)は定款で、株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨を定めていました。Y社の株主であるAは、孫であるBに対し、保有する株式の全部を譲渡し、Bが成人するまで、Xが信託管理し、株主権の権利行使をする旨の遺言を作成しました。Aが死亡し相続が開始した後、XはY社に対し譲渡承認請求をしましたが、Y社はこれを承認しませんでした。
(イ)判決の概要
譲渡制限株式であっても、相続などの一般承継による株式の移転については、会社の承認は必要ありません(会社法133条2項)。しかし、遺贈による株式譲渡は一般承継にあたるため、会社の承認が必要です。そして、裁判所は「本件のような遺言信託は、株式を遺言者から遺言信託の受託者に移転するものである(信託法3条2号)が、これも一般承継ではないから、遺言信託による譲渡制限株式の移転にも、会社の承認が必要である」と判断しました。
オ 指定買取人から売渡請求は、請求の時点で売買が成立するため、その後、撤回することができないとした判例
大阪高判平成元年4月27日 判例タイムズ709号238頁
(ア)事案の概要
X1社(原告)は定款で、株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨を定めていました。X1社の株主であるY(被告)はAに対してX1社の株式を譲渡することの承認及び譲渡を承認しない場合には、譲渡の相手方を指定することを請求しました。X1はYの譲渡を承認せず、X2を指定買取人として通知しましたが、X2とYの協議が整わなかったため、X2は売渡請求を撤回し、X1はYの譲渡を承認しました。この、X2の売渡請求の撤回が認められるかが争点となりました。
(イ)判決の概要
株式の譲渡制限の趣旨はもっぱら会社にとって好ましくない者が株主となることを防止することにありますが、株式を売却して、投資した資本を回収するという株主の利益も考慮する必要があります。会社に好ましくない者が株主になることを防ぐという目的は、会社が譲渡を承認しない決定をした時点で達成されています。一方で、指定買取人の決定の請求は、株主が自己の投下資本を回収することを目的とするものですので、株主を、指定買取人と条件について交渉し、売買契約が締結されるまで、株式の譲渡ができるかわからないといった不安定な状態にするべきではありません。
そのため、裁判所は指定買取人の売渡請求によって、売買が一方的に成立し、実質的には、買受人指定を請求する行為が指定買取人に対する株主の株式売却の申込みにあたり、指定買取人の売渡請求がそれに対する承諾にあたるため、指定買取人の売渡請求は撤回することができないと判断しました。