(1)会社との協議により買取価格を決定する場合の株価算定方法
定款変更や組織再編行為に反対するなどして株式買取請求権を有する株主は、株式を「公正な価格」により買い取ることを請求できるのですが、公正な価格をどのように評価するかにおいて、会社との間で協議する必要があります。
公正な価格の評価方法は、「第2 非上場株主による売却手続きの流れ・方法・成功のポイント 3 株価算定方法」と同様に、複数の評価方法が存在しており、各評価方法による評価結果は全く異なるものになります。また、どの評価方法を用いるか或いはどの評価方法とどの評価方法をどのような割合で組み合わせるか等、評価対象株式ごとに適正な評価方法を判断する必要があります。これらの評価手法のうちどれをどのように適用すべきかについては、一律に決定されるものではなく、具体的状況に応じて判断されることとなります。
この判断の規範は、過去の株式買取請求権価格決定の商事非訟の裁判例の累積により確立されており、この規範について(3)株価算定規範」に後述します。
買取請求を行使した株主は、この規範にしたがって公正な価格を把握したうえで、買取価格の協議に臨む必要があります。
(2)株式買取請求権価格決定の商事非訟裁判手続による場合の株価算定方法
株式買取請求権を行使した株主と会社との間で効力発生日から30日以内に株式の価格について協議が整わない場合、その期間の満了日後30日以内に、裁判所に対して価格決定の申立をすることができます(会社法117条2項、182条の5第2項、470条2項、786条2項、798条2項、807条2項)。したがって、当事者の協議が調わなければ、最終的には裁判所が当該株式の公正な価格を判断することになります。
買取請求時における公正な価格は、非上場株式の株価算定方法(「第2 非上場株主による売却手続きの流れ・方法・成功のポイント 3 株価算定方法」)に加えて、買取請求特有の論点(詳細は「(3)株価算定規範」に後述)を加味して、公正な価格が決定されることになります。裁判所は、事案ごとに適正な評価方法を判断し買取価格を決定しますが、この判断の規範は過去の判例の積み重ねによって明らかとされております。裁判所の決定価格は、協議による価格決定に比して、少数派の反対株主にとって有利な高価売却が望める方法となります。当該規範については「(3)株価算定規範」にて詳細を記載していきます。
(3)株価算定規範
反対株主による買取請求における株価算定方法に関する裁判例は「4 判例」に掲載していますが、まとめると下記の通りとなります。
「第2 非上場株主による売却手続きの流れ・方法・成功のポイント 3 株価算定方法 (3)株価算定規範」に記載したとおり、裁判所は、それぞれの事案により会社の資産状態、会社経営に影響を与える度合い、会社規模や事業継続性その他一切の事情からその評価方法、併用割合を決定します。
これは買取請求権行使時の株価算定においても同様ですが、株式買取請求権は、少数派の反対株主が、株式を手放すことに対する補償措置として位置づけられるものです。そのため、少数派の反対株主が企業価値を適切に受け取ることができるように、裁判所はどの評価方法を用いるか或いはどの評価方法とどの評価方法をどのような割合で組み合わせるか等を判断し、少数株主であっても株式の価値そのものを正確に評価し、企業価値を反映した買取価格を導くことに重きを置いて評価が行われる傾向が強く、配当還元法の採用も少なくなっております。
例えば、上記裁判例No.3東京高決平成22年5月24日の判例は下記のとおりです。少数派の反対株主が株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれるということに対する補償措置として位置づけられるものであり、そして営業譲渡や合併、会社分割は、会社の財産処分としてこれを捉えることができます。少数派の反対株主は、会社が清算される場合と同様、会社の全財産に対する残余財産分配請求権を有しているため、その価値は清算に際し事業が一体として譲渡される場合を想定した譲渡価値、すなわち、その事業から生ずると予想される将来のキャッシュフローの割引現在価格に一致すると考えるのが合理的であるとされています。配当還元法は、将来配当の割引現在価値にだけ着目していくもので、残余部分は支配株主に帰属することになるから相当性を欠き、収益還元法が適切な評価方法であると判断されています。
更に、少数株主保護の観点から、株価算定にあたり下記ア、イの修正点を考慮しており、譲渡承認請求時の売買価格決定の株価算定規範と異なっております。
イ 非流動性ディスカウントやマイノリティディスカウントを考慮しない点
ア 株主総会決議がされることがなければ株式が有していたであろう価格とシナジー効果の検討
買取請求権行使時における公正な価格は、少数の買取請求者が反対している株主総会決議において決定された組織再編行為等によって、企業価値すなわち株価が上昇した場合とそうでない場合によって採用する価格が異なります。
①組織再編行為によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じる場合
シナジー効果その他の企業価値の増加を反対株主にも適切に分配し得るものとするべきとされており、公正な価格は、そのシナジー効果を織り込んだ価格とする必要があります。
②シナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合
一定の定款変更や組織再編行為によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合は、当該組織再編行為等が実行されなかった場合の、つまり買取請求者が反対している株主総会決議がされることがなければその株式が有していたであろう価格(いわゆる、ナカリセバ価格)とされています(最高裁決平成23年4月19日参照)。そのため、株価算定を実行する場合は、当該決議がなかった場合における前提資料を用いて買取価格を算出することになります。
例えば、上記裁判例No.4東京地決平成21年10月19日の判例によると、株式買取請求がされた日における、吸収合併等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格が公正な価格を形成すべきであるとしています。
イ 非流動性ディスカウントやマイノリティディスカウントを考慮しない点
株式の売買価格を算出する際、非上場株式であることを理由とする売買の困難さを加味する非流動性ディスカウントや、少数株主が享受できる利益が小さい点を加味するマイノリティディスカウントを考慮する考え方があります。
しかし、株式買取請求権行使時は、株式買取請求権が少数株主がそれ以上不利益を被らないために株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれることに対する補償措置として位置づけられるものであるため、非流動性ディスカウントやマイノリティ・ディスカウントを行うことは相当でないと判断されております。
例えば、上記裁判例No.2最高裁平成27年3月26日の判例によると、非流動性ディスカウントは、非上場の株式には市場性がなく、上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ、収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定するものであって、同評価手法には、類似会社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていないと判断しております。
また、上記裁判例No.3東京高決平成22年5月24日の判例においても、少数株主に不利となるマイノリティ・ディスカウントや非流動性ディスカウントは相当ではないと判断されています。
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