1 はじめに
我が国の株式会社の99%以上は非上場会社であり、さらにその大半を同族会社(会社の株主等の3人以下並びにこれらと特殊な関係にある個人や法人が保有している株式や出資金の合計が、その会社が発行した株式の総数や出資総額の半分を超えている会社)が占めています。
非上場会社の発行する株式には譲渡制限(株式を譲渡する際には会社の承認を必要とする旨の制限)が設けられている(以下、「譲渡制限株式」といいます。)ことが通常で、殊に同族会社においては、譲渡制限が設けられていることが一般的です。以下において、同族会社において譲渡制限株式を売却する際のポイントについて説明します(以下の2、3、4)。
2 同族会社の特徴
同族会社における譲渡制限株式の売却を検討するにあたっては、同族会社の経営上の特徴を理解しておくことが有益です。
(1)同族会社の経営上の利点としては、
①経営者間の関りが深いため、迅速な意思決定を図ることができ、迅速な経営を行うことができること
②一人の社長による経営期間が長くなる傾向にあることから、経営が安定すること
③創業者の経営理念が承継され易く、社員の結束力が強まること
等が挙げられます。
(2)他方、同族会社の経営上の欠点としては、
㋐会社経営において公正な判断・運営がなされるように、会社自身で監視・統制する仕組みが機能しにくいこと
㋑相続により株式が分散し易く、株式が分散してしまった場合、経営方針等をめぐる対立が起こる可能性があること
㋒経営者の身内でない社員がいる場合には、その能力や実績にかかわらず、会社の後継者になりにくいため、仕事に取り組む意欲が低くなること
等が挙げられます。
3 同族会社の後継者に譲渡制限株式を売却すること
前述のとおり、同族会社の欠点の1つとして、㋑相続により株式が分散し易く、株式が分散してしまった場合、経営方針等をめぐる対立が起こる可能性があることが挙げられます。
また、会社において、安定した経営基盤を確保するためには、自社株(議決権)の少なくとも過半数、できれば3分の2を確保したいところ、相続により分散して少数株となった譲渡制限株式は、会社経営への影響力が限定的なものとならざる得ないことから、売却することが困難となります。
そこで、同族会社の株式が分散することを防止するための対策の1つとして、相続が発生して株式が分散してしまう前に、会社の後継者に株式を売却することが考えられます。
また、相続が発生する前に株式を会社の後継者である相続人に売却した場合、売主の手元には売却代金が入ってくることから、相続財産の合計額が大きく変わるわけではなく、相続税対策とはならないように見えます。しかし、株式を売却した資金を利用して新たな相続税対策をすることができたり、株式売却代金を生活費等に費消することも可能であるため、後継者である相続人に株式を売却することは相続税対策となり得ます。なお、株式を売却する際に、売主には譲渡所得税や、譲渡益に対して所得税や住民税が掛かることに留意する必要があります。
加えて、株式を生前贈与することも会社の後継者である相続人に株式を譲渡する方法の1つではありますが、相続が発生した際、後継者以外の相続人には、最低限の取り分を保障した、いわゆる遺留分が存在するところ、相続開始前の10年間に行われた相続人(後継者)に対する株式の生前贈与は、原則として、相続開始時の評価額で持ち戻した上で遺留分を算定する際の持ち戻し財産の価額に含まれます。
したがって、株式を生前贈与した場合には、生前贈与を受けた後に株式の評価額が上がると、後継者が遺留分侵害額請求をされる価額が大きくなってしまうという問題が生じる可能性があります。(これに対し、株式を時価で売買した場合には上記のような問題は生じません。)
以上のように、同族会社の後継者である相続人に譲渡制限株式を売却することは有効な相続税対策にもなり得ますが、後々、課税当局において譲渡制限株式の売却があったことを問題視され、当該株式売却の全部又は一部が無効なものと取り扱われる等のリスクがあります。
このようなリスクを回避するためには、法令に従って正確に譲渡承認手続を経ることは勿論のこと、株式の売却代金を預金口座を通して受領することや、売買契約書について公証人役場で確定日付を取ることも考慮すべきであると思われます。
4 同族会社の経営者が他の少数株主と協力して株式を売却すること
従前は、同族経営者が親族を後継者とする傾向にありましたが、近年は、少子化や職業選択の幅が広がったことなどから、親族への事業承継が困難な会社が増えています。
譲渡制限株式の売却価格を決定する際には、買手が株式を取得後、会社経営にどれだけ影響力を及ぼすことができるかということも売却価格に影響を与えます。買手の持株比率が、議決権の過半数に達すれば、会社経営に大きな影響を及ぼすことができるため、売却価格は高くなります。
そこで、同族経営者が保有する株式のみでは議決権の過半数に達しないものの、他の少数株主の保有する株式と合算して第三者に売却することができれば、その持株比率が議決権の過半数に達し、高額で売却できる可能性があるという場合、事業承継に悩んでいる経営者としては、他の少数株主から株式の譲渡承認請求があったとすると、この機会を利用して自身の保有する株式も一緒に第三者に売却したいと考える場合があります。
5 さいごに
以上のように、同族会社の株式が分散することを防止するための対策の1つとして、相続が発生して株式が分散する前に、会社の後継者に株式を売却することが考えられます。
会社の大半の株式を保有する経営者にとって、後継者である相続人に株式を売却することは有効な相続税対策にもなり得るため、会社の後継者である相続人に譲渡制限株式を売却するケースはよく見受けられます。
また、事業承継に悩む経営者は数多く存在することから、譲渡制限株式の買取りに興味を示す第三者が存在する場合には、経営者としても自身の保有する株式を他の少数株主の株式と合算して売却することにより、より高額で売却しようと考える場合があるため、少数株主が会社の経営者と協力して第三者に株式を売却するというケースも増えていく可能性があります。
譲渡制限株式の売却は、法律、税務、財務の問題が密接に絡み合っています。譲渡制限株式の売却を検討するにあたっては、弁護士、税理士、公認会計士のアドバイスを受けることが有用です。