1 募集株式の有利発行
(1) 株式会社には、その会社が発行する株式に譲渡制限が付与されているかどうかに着目した、非公開会社(譲渡制限付株式を発行する会社)と公開会社(譲渡制限付株式を発行しない会社)という分類方法があります。非公開会社においては、株式を所有することによる経済的利益(持株価値)よりも会社経営に関与する前提となる持株比率の維持に係る利益(支配的利益)を重視する株主が少なくありません。そこで、非公開会社においては、既存株主の支配的利益の保護を重視した厳格な手続規制が設けられています。
わが国の非上場会社の大多数は非公開会社です。したがって、この記事では、非上場会社かつ非公開会社である株式会社を想定し、募集株式の有利発行についてご説明します。
(2) 非公開会社が既存株主以外の株主となる者(引受人)を募集して株式を発行する場合、株主総会の特別決議による決定が必要です(会社法199条2項、309条2項5号)。また、上記の方法で発行される募集株式の払込金額が「募集株式を引き受ける者に特に有利な金額」である場合には、取締役が株主総会において当該払込金額で引受人を募集する理由を説明する必要があります(会社法199条3項)。
(3) 「募集株式を引き受ける者に特に有利な金額」とは、既存株主の経済的利益を不当に害するような金額であり、「公正な払込金額」を特に下回る払込金額を指します。市場価格のない非上場株式についての「公正な払込金額」の判断基準は、判例(最高裁平成27年2月19日判決) により示されていますので、次項で説明します。
2 非上場株式における「特に有利な金額」該当性の判断方法(最高裁平成27年2月19日判決)
上場株式の場合には、市場価格を基礎として「公正な払込金額」を決定することができます。これに対し、非上場株式には、基礎となる市場価格がありません。そこで、非上場会社においては、様々な株式評価指標を併用して株式価値が評価されることとなります。
最高裁平成27年2月19日判決は、非上場会社における「募集株式を引き受ける者に特に有利な金額」について、以下のとおり判示しました。
「新株発行当時、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにもかかわらず、裁判所が、事後的に、他の評価手法を用いたり、異なる予測値等を採用したりするなどして、改めて株価の算定を行った上、その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは、取締役らの予測可能性を害することともなり、相当ではない」。したがって、「非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたといえる場合には、その発行価額は、特別の事情のない限り、「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないと解するのが相当である。」
このように述べ、当該事案においては、会計士が決算書等の客観的資料をふまえて株価を算定したこと等の事情を認定したうえで、結論として「特に有利な金額」には該当しないと判示しました。
3 既存株主の採りうる手段
「募集株式を引き受ける者に特に有利な金額」で株式が発行される場合に、既存株主が採りうる対抗手段としては、次のものがあります。
① 株式発効前―募集株式発行の差止請求
非公開会社において、有利発行に該当する募集株式の発行が、株主総会における取締役の説明を欠くなど、法令や定款違反による場合には、株主は、募集株式発行の差止めを請求することができます(会社法210条1号)。
判決確定までの間に株式が発行されてしまうことを防ぐために、差止訴訟の提起と同時に、差止訴訟を本案とする仮処分(民事保全法23条2項)を申し立てるのが通常です。
② 株式発行後―募集株式発行の無効確認請求
株式が発行された後は、差止請求ではなく、会社に対し、株式発行無効確認訴訟(会社法828条1項2号)を提起する必要があります。
株式発行無効確認訴訟は、非公開会社の場合、提訴期間が株式発行の効力発生日から1年以内に制限されています(同号)。
例えば、株主総会の特別決議を全く欠いて、株式が発行されているような場合は、重大な法令違反であるとして、株式発行が無効となるべきと考えられています。
③ 取締役等に対する責任追及
違法、不当な有利発行を行われたことによって、株式価値が毀損されたこと等を損害として、取締役等に対して、会社法423条責任(任務懈怠責任)や会社法429条責任(対第三者責任)を追及することが考えられます。